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「差別は思いやりでは解決しない」著者・神谷悠一に聞く、差別に加担しないために“基礎知識”を深めることの大切さ【完全版】2023/07/28

「差別は思いやりでは解決しない」著者・神谷悠一に聞く、差別に加担しないために“基礎知識”を深めることの大切さ【完全版】

 私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドWebでも展開中。国会での論戦を経て6月23日に施行されたLGBT理解増進法など、ニュースで耳にする機会も増え、基本的な知識が足りないと感じた人も多かったのではないだろうか。そこで今回は「差別は思いやりでは解決しない ジェンダーやLGBTQから考える」著者の神谷悠一氏にインタビュー。

POINT ◆性的指向や性自認は、自分の意志で変えられるものではない

――LGBT法案の話になると、必ず「“私は女だ”と言い張れば、男が女湯や女子トイレに入っていいのか」という意見が出ることについて、どう感じますか?

「性的指向や性自認というものがあって、そのマイノリティー(少数派)がLGBTです。この性的指向や性自認というのは、自分で選んだり変えたりすることはできないと、医学的・科学的に確立されているんですね。1990年代半ばまでは、文部省の資料に『同性愛は倒錯型性非行の一つ』と書かれていたこともあって(現在は削除)、当時の認識からアップデートされていない方がまだ多くいらっしゃるから、『性的指向や性自認は都合よく変えられる』と誤解している人がいるのだと思います。しかし重ねて言いますが、性的指向や性自認は自分の意思で変えられるものではありません」

――LGBTの存在に否定的な人は「LGBTは感化されてなってしまうもの」という認識を持っているように見受けられます。一度存在を認めてしまうとその感化が拡大するのではないかと。

「たとえば海外の調査結果を見て『LGBTの人口が増えた』と言われる時があります。でもそれは『自分が当事者だと分かった』とか、『自分は何か人と違う気がするが、それが何なのか分からない』という人が当てはまる概念を見つけたとか、そういう事情が背景にあるのだと思います。ある調査で『あなたは性的マイノリティー、LGBTですか』という聞き方をする場合と、『あなたは同性や、異性以外にひかれますか』『自分の性別が生まれた時から違うと感じますか』という聞き方をする場合とでは、回答結果に2倍くらいのギャップがあるんです。つまり、実はマイノリティーなんだけれども、そのことをはっきり認めてしまうと自分がひどい目に遭うかもしれない。あるいは自分がLGBTだと受け入れられない。そういう人々が多くいらっしゃると考えられる。だから『LGBTの人口が増えた』というのは、実際は『社会的にそれが言えるようになった』『自分でそのことを認められるようになった』という人が増えたということなのです。LGBTという言葉は広く知られるようになりましたが、基礎知識の部分はまだまだ知られていないと感じます」

――傷つけられてきたマイノリティーの権利を何とかしようとすると、それまでの思い込みが揺らぐことに動揺したマジョリティー(多数派)の側が「自分たちが傷ついてしまう」と主張する…という問題が著書に書かれています。先ほどの「女湯問題」も実害というよりは、その抵抗の表れと取ることもできるように感じます。

「LGBT法案に関する国会審議で驚いたのは、『多数派に配慮しましょう』という案が出ていることです。研究者のダイアン・J・グッドマンは、『抵抗』という概念があると言っています。『多様性や人権の話を聞いた時に、それを受け入れないように消極的な態度を取ること』を抵抗と言うわけですが、抵抗する人というのは、場合によっては(相手が傷ついた体験よりも)自分の傷つき体験の方にまず目が行ってしまう。なぜそういう声が社会の中で大きくなったのかという理由については、意見が分かれるところですが、いずれにしても、就職、異動、退職など、性的マイノリティーが具体的なレベルで差別されていることは、統計的にも明らかになっています。政策だけでなく、学校教育やメディアの認識も含めて、ファクトベースで解きほぐしていかないと、日本は決定的に遅れを取ってしまう…という状況に来ていると思います」

POINT ◆自分も差別する側に回りうることを受け入れて、差別問題を考える

――差別発言に関するニュースは、当事者が「差別の意図はなかった」と弁明するのが定番化しています。だからこそ、神谷さんの著書にあった「自分が『差別する側』に回ることも受け入れる」という話は、重要な視点だと思いました。

「たとえば、セクハラをした時に『あいさつのつもりでお尻を触っただけで、セクハラの意図はなかった』と弁明しても許されませんよね。意図の善し悪しにかかわらず、その行動を取っただけでハラスメントになってしまうわけです。なのに、社会的地位の高い人でも『意図はなかった』で済ますことが、いまだにまかり通っている。差別問題に取り組んできたような人でも、そういうことが起こっています。もしかすると、『差別をしたと一度でも認めてしまったら、今までのキャリアが全部終わってしまう』という恐れがあって、強く反発しているのかもしれません。だから、その認識から変えていく必要があるのだと思います。一度もうそをついたことがない人がほとんどいないように、一度も差別したことのない人間も、ほとんどいない。『一度でも差別をしたら一巻の終わり』ではなく、『誰でも差別する側に回りうる』という認識に立って、その都度、改善していくという態度が必要です」

――人権の側面以外にも、たとえばアメリカでは音楽、映画、ドラマなどにLGBTの視点が盛り込まれていて、ヒット作も数々生まれています。LGBTの視点を取り入れることで、経済面でも活性化していくというのは、日本でも起こりうると思いますか?

「経団連も『日本はLGBTへの取り組みが欧米よりも遅れている』と指摘していて、それはつまりLGBTへの取り組みが進まないのは、ビジネス面でも害悪だという認識に至ったのでしょう。ただ、これは経済だけではなく、外交や環境に至るまで、その視点がないともはや前に進めなくなっているのが現実です。最近よく『安い日本』ということが言われます。ほかの先進国と比べて、賃金水準や経済成長率が低いことを指した言葉ですが、『ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の中心にあるジェンダー平等』と、15年ほど前にILO(国際労働機関)が指摘しています。低賃金で働いているのは主に女性やマイノリティーなので、その部分の底上げがないと、全体も低調なままになってしまう。『安い日本』はそのことを放置してきた一つの結果とも言えます」

――日本におけるLGBTに関する認識は、長いスパンで見ると変わってきています。まだまだ障壁はありますが、それでも少しずつ改善されていることに希望はあると思いますか?

「日本も変わってきてはいるんです。ただ、日本は自転車をこぐスピードで変わってきたのに対し、ほかの国は高速道路を走るスピードで変わってきた、というのがこの20年間でした。それはOECD(経済協力開発機構)の調査にも出ていて、LGBTに関する法整備は、99年の時点ではアメリカやイギリスは日本よりも遅れていたんです。ところが、それ以降の取り組みのスピードが違ったため、もう今では手が届かないレベルまで、日本はほかの国に遅れを取ってしまった。日本でも最近、役人がカミングアウトしたことが新聞に載っていて、『世の中変わってきたな』と思ったのですが、一方、アメリカを見ると、政府関係者に200人以上のLGBTがずらりと名を連ねている。そこには、大統領報道官もいれば、大臣もいます。アメリカでも宗教などの壁はあって、まだ課題は残っているんです。それでも『公然と差別をしてはいけない』という認識は社会に浸透している。ところが、日本では政府関係者が差別発言をするなど、まだそのレベルにも至っていない。その現実は知られるべきだと思います」

取材・文/前田隆弘

【プロフィール】

神谷悠一(かみや ゆういち) 
1985年生まれ。LGBT法連合会理事・事務局長。これまでに一橋大学大学院社会学研究科客員准教授、内閣府「ジェンダー統計の観点からの性別欄検討ワーキンググループ」構成員、自治研作業委員会「LGBTQ+/SOGIE自治体政策」座長を歴任。

【書籍情報】

「差別は思いやりでは解決しない」著者・神谷悠一に聞く、差別に加担しないために“基礎知識”を深めることの大切さ【完全版】

差別は思いやりでは解決しない ジェンダーやLGBTQから考える
神谷悠一著 
集英社新書 902円(税込) 
「思いやりが大事」という結論に至りがちなLGBTQ差別にまつわる問題点を、分かりやすく丁寧にひもとく。LGBTQの理解を深めたい人におすすめの1冊。

【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】

「差別は思いやりでは解決しない」著者・神谷悠一に聞く、差別に加担しないために“基礎知識”を深めることの大切さ【完全版】

「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩、山極寿一、竹田ダニエル(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊「スカパー!TVガイドBS+CS 2023年8月号」に掲載。



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