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伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?2022/08/20

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

 伊藤沙莉さんがNHKでドラマ初主演を務める特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」(NHK総合)が、8月20日に放送されます。伊藤さんが演じるももは、死にたいという気持ちを抱えながら生きている女性。ある夏の日に、月曜日の朝が来ることが耐え切れなくなり、会社を休んだももが、死にたい気持ちを抱えながら生きる人=パパゲーノを訪ねる旅に出ることから物語が始まります。

 今回は、脚本を執筆した加藤拓也さんと演出を担当した後藤怜亜さんから、「死にたい」という気持ちがテーマになっている理由や作品への思いなどを伺いました。

――本作は「死にたい」という気持ちがテーマの作品ですが、脚本や演出を担当した感想や思いを教えてください。

加藤 「この作品はどうにもならないことを無理やり解決しようとするのではなく、その思いを抱えたままでもよいのではないかということを描いています。完成した作品を見て、後藤さんの優しさが反映されているドラマだと感じました」

後藤 「私はむしろ加藤さんの優しさを感じました。加藤さんにぜひこの企画の脚本をお願いしたいと、昨年ごろからコンタクトを取って作品を書いていただきました。この作品には、つらい気持ちを抱えている人だけでなく、つらい気持ちにさせてしまう側の人など、さまざまな立場の登場人物が出てくるのですが、一人一人のキャラクターがリアルに立ち上がっていて、そういう人たちを見ても、つらくなったり暗くなったりすることがない作品になっていると思います」

――「死にたい」と思いながらも、なお生きようとする人々を扱う非常に繊細なテーマで、ともすれば諸刃の剣となってしまいそうですが、加藤さんはなぜ脚本を引き受けようと思われたのでしょうか?

加藤 「このお話をいただいた時に、NHKのサイトで『死にたい』という気持ちを抱えた人たちが、自分の気持ちを投稿できる場を作っていると聞きました。初めて後藤さんとお会いした時に、僕は自殺を否定も肯定もできないのですが、そのような脚本だったら書けるかもしれませんとお伝えしました」

――諸刃の剣という意味では、一つ一つのセリフを紡ぐ時に、葛藤や迷い、悩んだりした部分があったのではないでしょうか?

加藤 「セリフ一つにしてもトリガーになる可能性があるので、後藤さんやプロデューサーたちと相談しながら進めました。死にたいという気持ちと向き合うことを考えるための作品なので、全体的に配慮して、どうすればいいんだろうと常に悩んでいましたね」

――一方、後藤さんはどのような経緯で演出を担当することになったのですか?

後藤 「5年半くらい前から運営に携わっている『自殺と向き合う』サイトに、死にたいとか生きているのがつらいという気持ちを寄せてくださった当事者の方の取材をしています。さまざまな方とお付き合いをする中で、ノンフィクションやドキュメンタリーには描けない部分がたくさんあると感じていました。当事者の方の中には、『自殺は絶対に駄目』など死にたい気持ち自体を否定されるとより死にたくなるという方もいるので、その気持ちを否定しない物語をフィクションで作りたかったんです。諸刃の剣になってしまうことは、まさにおっしゃる通りなのですが、精神科医や自殺対策の専門家にも入っていただいて、自殺を助長してしまうようなメッセージを与えない作品を成立させることには、とてもこだわりました」

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

――加藤さんに脚本を書いてもらいたかったとおっしゃっていましたが、どんな部分でそう思われたのでしょうか?

後藤 「先ほど、加藤さんがおっしゃっていたことともつながりますが、『死にたい』気持ちに対して肯定も否定もしないだろうという思いがあったからです。加藤さんの舞台や映像などの作品を拝見した時に、人肌のある物語やセリフを書く方だなと感じていて。このテーマをやる時には、そういう書き手の方がふさわしいと考えていたので、お願いしました」

――後藤さんは5年半の長きにわたり、このテーマを取材されているとのことですが、継続して伝えなくてはいけないと思われる理由についてあらためて教えてください。

後藤 「死にたいと言ってはいけない空気があるからです。自殺は個人の問題だと思われがちですが、社会的な問題だと思います。死にたいと言った瞬間に孤立したり、否定されたり、みんなそうだよと言われる。自分が関わっているノンフィクションの番組では、関わった方々に対して誠意を尽くしているつもりですが、それでもやはり足りていない。実際に自ら命を絶ってしまう方が減っていなかったりすると、徒労感があって、それをストーリーの力で何とかできないかと。『死にたい』と思っている方々の中には、『見たい映画があるからそれまでは生きています』とか、『漫画が発売されるまで生きています』『好きな舞台の公演があるからそれまでは生きています』という方がいらして、フィクションや作品にはそれだけの力があることを日々感じていたんです。お守り代わりになるものがドラマでならできるんじゃないかと考えて、今回はこういう企画が実現しました」

――恥ずかしながら、“パパゲーノ”という言葉を今作で初めて知りました。作中ではあまりその言葉が描かれていなかったように思いますが、その理由を教えてください。

後藤 「新型コロナウイルスの感染拡大以降、“知名度や人気の高い人が自ら命を絶ってしまうと、それに関する自殺報道の影響で、亡くなる方が増えてしまうウェルテル効果”はメディアでたくさん取り上げられるようになったので知っているけど、“パパゲーノ効果”は知らなかったという方が多いです。パパゲーノ効果は、オーストリアのメディア研究が基になっていて、今進んでいる過渡期の研究でもあります。今の日本では、死にたいと思いながらもそれ以外の選択をした人がいるという報道は圧倒的に数が少ないので、それをどういう伝え方をしたらより伝わりやすくポジティブな共感を呼びやすいのかを、ノンフィクションの番組で検証した上での今回のドラマ化があります。ご指摘いただいたように、ドラマの中であえて、“この人がパパゲーノです”とか、“これ見たらパパゲーノ効果がある”という伝え方はしていません。見た方の中で最後に残ればいいと考えて、抑制的に表現しています」

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

――また、タイトルに「7人のパパゲーノ」とありますが、7人という人数にはどんな意味があるのでしょうか?

加藤 「ドラマの中では、月曜日から日曜日までの1週間が描かれています。それは、死にたいという気持ちを抱えている人たちが感じるつらさが曜日によって上下することを表現していて、その7日間に出会う7人となっています。彼らと出会う順番で、ももが自分の気持ちに対してどう向き合うか変わってしまうので、出会う順番を決めることは難しかったです」

――主人公が20代の女性ですが、加藤さんが脚本を書かれる際、世代は意識されましたか?

 加藤 「ベースとなったNHKのポータルサイトの中で投稿数が一番多かったのが、20代の女性でした。さらに、“ももさん”という名前で投稿されている方が一番多いというお話を聞いて、主人公の名前にしました。ですが、若い人だけの物語にはしたくなかったので、いろんな年代の方やその周りの方々に共通するものがあることは意識しています」

後藤 「投稿する際、年代を20代と選択して書かれる方が多いので、それをヒントに作品を書いていただいています。物語の中でのももは20代女性ですが、その世代の人だけに向けて訴求力のあるものにする意図は全くありません。例えば、60代の男性がご自身のことを投影することもあり得ますし、誰でもももになり得ることを意識しながら演出しました」

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

――ももを演じた伊藤沙莉さんを起用した理由を教えてください。

後藤 「作品の原型となるプロットを読んだ時に、ももは沙莉さんしかいないと思いました。“一般的”な生活を送って社会に“適応”しているけれど、死にたい気持ちを内包している25歳の女性を演じることはとても難しいんですよね。当事者性のある方がこの作品を見た時に、嫌みがなくて、すっと入ってくるような方がいいと思い、それが沙莉さんだと思いました」

――伊藤さんが役を演じるにあたり、大事にされていたことはありましたか?

後藤 「この作品では、“演じよう”としないことを大事にしてくださっていました。このシーンはこういう意図を持って演じようということをできるだけ抑制して、演じるというより、ももとしてその場所にいて生きている時間を誠実に考えてくださっていました。ドラマチックに見せることをしないようにも心掛けていらっしゃったと感じます」

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

――後藤さんがこれまでに出会った、死にたいという気持ちを抱えている方々の中で共通することはありましたか?

後藤 「皆さんをひとくくりにすべきではないと思いますが、共通することが一つあるとしたら、私がお世話になった当事者の方は1人残らず『自分と同じような気持ちの人には、どうか死なないでほしい』とおっしゃるんです。最初その話を聞いた時に『そう思うんだ』と驚きました。相手と近い気持ちを知っているからこそ、その人にはどうか死なないでほしいという祈りみたいなものをずっと受け取っていて、そういう思いがうまく回っていったらいいのになと思っています」

 ――もし自分の友達や家族から「死にたい」と言われたら、どういうふうに接して耳を傾けたらいいのでしょうか?

後藤 「とても難しいんですが、否定をしない、アドバイスしない、解決しようとしないことが大事だと、専門家や当事者の方との取材を通して学びました。私も取材でお世話になっている方にはできていても、自分の身近な人だと全然違うことを言ってしまったり、アドバイスをしてしまって落ち込むことがあるんです。関係性が近ければ近いほど、ただ聞くということがめちゃくちゃ難しいんですが、基本的には否定をしないでただ聞く。そして、話の中で肯定できる部分をどう見つけていくかだと思うんです。その人が思いもよらないような意外な部分を肯定する。それは、もし自分が『死にたい』と思った時も、そうしてもらえると視界が開けるんじゃないかなと感じています」

――最後にこの作品をどういう方々に見ていただきたいですか?

加藤 「これは悩んでいる人だけの話でもなく、その周りの人の話でもあるので、悩みがあるかないかに関係なく、そしてそのメッセージのためだけのドラマではないところもあるので、いろんな人に見てほしいです」

後藤 「このドラマは悩んでいる人だけでなく、その周辺の人や、意識的にではなくても不意に傷つけてしまっている側の人のことも描いています。どんな人が見ても、気付きがあったり、ちょっと優しい気持ちになれる作品だと思っているので、 いろんな方に見ていただけたらなと思っています」

――ありがとうございました!

伊藤沙莉が死にたい気持ちを抱えながら生きる女性を好演する「ももさんと7人のパパゲーノ」。 脚本家と演出が語る制作意図とは?

【プロフィール】

加藤拓也(かとう たくや)
脚本家/演出家/監督。17歳で構成作家として活動開始。翌年イタリアへ渡り、映像演出を学ぶ。帰国後、劇団た組を立ち上げ、ベテランから若手まで多くの人気俳優が出演している。ドラマ脚本「俺のスカート、どこ行った?」(日本テレビ系)、「不甲斐ないこの感性を愛してる」(フジテレビ系)でも注目を集め、「きれいのくに」(NHK総合)にて市川森一脚本賞受賞。初の長編映画「わたし達はおとな」(監督・脚本)が公開中。2022年9月21日から、舞台「ドードーが落下する」がKAAT神奈川芸術劇場で上演される。


後藤怜亜(ごとう れあ)
2010年、NHK入局。16年〜福祉番組「ハートネットTV」を担当。主に希死念慮を抱える当事者の方々、精神疾患のある若年層の方々との取材・番組制作を継続的に行う。NHKポータルサイト「自殺と向き合う」「わたしはパパゲーノ」など、気持ちを共有するwebプラットフォームを運営。担当番組は「生きるためのテレビ―あした、会社に行きたくない―」(17年)、「#8月31日の夜に。」(17~20年/18年イタリア賞・イタリア大統領特別賞)、「わたしはパパゲーノ―死にたい、でも、生きてる人の物語―」(21年~現在)など。

【番組情報】

特集ドラマ「ももさんと7人のパパゲーノ」
NHK総合
8月20日 土曜 午後11:00~深0:00

NHK担当/K・H



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