「西田二郎のたし算」第27回 松本人志も木村祐一も笑顔 青森弁で挑んだ新人ディレクターの涙と成長2026/10/09 18:00

数々のスターと苦楽を共にし、独自の視点でエンタメの世界を切り開いてきた“伝説のテレビマン”西田二郎。長年培った企画力に新たなデータを掛け合わせ、テレビの枠を越えた挑戦を続ける彼が、現場の熱量や知られざる裏話、そして次なる野望を語り尽くす不定期連載「西田二郎のたし算」! 今回は「DOWNTOWN+」青森ロケで奮闘した新人ディレクターのエピソードを語る。
どうも、西田二郎です。
「DOWNTOWN+」で8月に初めての地方生配信をやった時の様子を、「ノスタルスペシャル はじめて人志 青森編」として今、絶賛配信中です。今回は、その時のディレクターの話をさせてください。
青森出身の、工藤ディレクターです。
「松本さんを青森に連れて行きたい。ねぶた祭りを見せたい、見てもらいたい!」
その一心で、彼女はしっかりと演出をしてくれました。でもね、まだディレクター歴も浅い工藤さん。大御所の松本さんに対して、ちゃんと話ができるんかなという不安があったり、ロケハンの時も「どれがいいんかな」と、本当にギリギリまで悩んでいました。
いざロケが始まって、ロケバスの中でのやりとりやったかな。「工藤さん、青森出身なんやから、そのまま青森弁でしゃべったら?」って話をしたんです。
最初は緊張していたんでしょうけど、普段の言葉(標準語)で取り繕うよりも、やっぱり自分の言葉である青森弁でしゃべる方が、格段に話しやすかったんちゃうかな。
松本さんも木村(祐一)さんも、その青森弁のやりとりをすごく面白がってくれてね。ロケバスの中でも、ひとしきり、ふたしきり、ええ話がいっぱい撮れたんです。
生配信が終わった翌日、ねぶた祭りを見るっていうすごい人がいっぱいの場所でも、工藤さんはずっと青森弁で、堂々とやりとりしていました。
実はね、ねぶた祭りまでの間、ちょっと時間が空いたところに、工藤さんのお母さんとお兄さんがやってきたんです。ご家族にしてみたら、娘が東京に出てテレビの仕事をしているなんて、やっぱりすごく心配やったと思うんですよ。
まあ、ねぎらいというよりは、なんやったら「松本さんと木村さんにサインと握手もらいに来た」みたいな感じでしたけどね(笑)。
でもそのあと、少し離れたところで、家族みんなで「よかったね」って泣きながら抱きしめ合っている光景が見えて。あれには僕も、思わずうるっときました。
不安を抱えながらも最後まで頑張り抜いた工藤ディレクターが、この青森ロケを通じて、本当に一回りも二回りも大きく育ったんかなと思っています。そんな彼女を、終始優しいまなざしで眺めていた松本さん、木村さんの姿もすごく印象的でした。
「DOWNTOWN+ ノスタルスペシャル はじめて人志 青森編」。いろんな見どころがいっぱいで、裏側も余すところなく配信しています。皆さんもぜひ見てくださいね!
【プロフィール】
西田二郎(にしだ じろう)
1965年生まれ。1989年に読売テレビ入社。「11PM」のディレクターを経て、「ダウンタウンDX」のプロデューサーに。2015年に営業局へ異動し、新規事業などを担当。現在は静岡放送(SBS)のCCIO(チーフコンテンツイノベーションオフィサー)、一般社団法人未来のテレビを考える会の代表理事を務めるほか、2026年6月、株式会社エビリーの最高クリエイティブ責任者(CCO)に就任。
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