欲、うそ、そして人間の業……松本清張サスペンスの系譜をBS11でじっくり楽しむ2026/07/01 12:00

時代が移り変わっても、人間の奥底に沈む「心の闇」や、どうしようもなく膨れ上がる「欲望の行き着く先」は、決して色あせない……。松本清張の物語が今なお私たちを強くひき付ける理由は、まさにそこにある。
BS11で放送中の「サスペンス 松本清張シリーズ」(金曜午後6:45)では、これまで地上波キー局で制作された2時間サスペンスドラマを厳選、松本清張の世界観を、週替わりでじっくり味わわせてくれるぜいたくな時間だ。「悪女」の妖しい吸引力、「復讐(ふくしゅう)」が孕(はら)む静かな狂気、「隠蔽(いんぺい)」が生む息苦しい緊張、「血縁」がもたらす逃れられない宿命。清張が描いてきた人間の“どうしようもなさ”が、一本一本のドラマの中で鮮やかに息を吹き返す。
松本清張作品の傾向を分析すると、大きく三つの系譜に分類できる。それぞれのベクトルから、7月にBS11で放送されるドラマがどう位置づけられるかをひもといていこう。
傾向①:欲に溺れる男たちと美しき悪女の心理サスペンス
清張作品の代名詞とも言えるのがこのテーマだ。自らの野望を果たすために男(女)を狂わせる、あるいは男(女)の底知れぬ欲望を利用し、逆手に取って這い上がる、狡猾な人間模様を描き出す。エゴと欲望がむき出しになる心理戦。実力派俳優たちが火花を散らす濃厚なサスペンス空間は、見る者を圧倒するすごみがある。

医者の仮面をかぶった殺人鬼を豊川悦司が色気たっぷりで熱演
7月3日放送「わるいやつら」(2001年)主演:豊川悦司
大病院院長の戸谷(豊川悦司)は、妻の慶子(杉本彩)から多額の離婚慰謝料を要求される。金策のため愛人のたつ子(広岡由里子)を操り、夫を事故死と見せかけて保険金を狙う一方、資産家でデザイナーの隆子(萬田久子)にも接近する。さらに患者に不必要な手術を行うなど、欲望のまま暴走する悪徳医の狂気を描く。
松本清張の男性主人公作品といえば、「砂の器」「点と線」など、事件を追う物語を想起する人も多いのでは。しかし、それらとは本作は一線を画している。社会的地位と甘いマスクを武器に、複数の愛人を金づるとして利用し、次々と破滅へ追い込む冷酷な男が主役だ。欲と業にまみれたその姿は、清張作品の中でも異質なピカレスクの醍醐味(だいごみ)といえる。

歴代のミューズが受け継ぐ「悪女の系譜」
7月17日放送「黒革の手帖」(1996年)主演:浅野ゆう子
長年勤めた銀行を辞めた元子(浅野ゆう子)。厄介払いができたと喜ぶ上司の村井(石丸謙二郎)だが、2か月後に元子による1億7千万円の横領が発覚する。返済を迫る村井に対し、元子は架空名義口座と客の本名が記された手帳を突き付け、公表すると脅す。
「ゼロの焦点」と並び、これまで幾度となく映像化されてきた名作「黒革の手帖」。昭和には山本陽子、大谷直子が妖艶さと緊張感をまとって演じ、平成に入ると米倉涼子、武井咲がそれぞれの時代の空気をまといながら連続ドラマとして新たな命を吹き込んだ。
傾向②:孤独なヒロインが挑む「真相究明と復讐」の謎解きサスペンス
巨大な闇や理不尽な運命に巻き込まれた主人公が、執念で真実を暴いていく緊迫感が連続する。ミステリーとしてのトリックや謎解き要素の純度が高いのも特徴だ。
主人公の孤独な戦いと、点と点がつながっていく爽快感。そしてその先に待つ、犯人側の哀しき事情を知った時の胸の締め付けは、ミステリーと人情が融合した傑作の証拠だ。

“きれいなお姉さん”が魅せる、執念の追跡劇
7月10日放送「黒い樹海」(1997年)主演:水野真紀
祥子(水野真紀)は親代わりの姉・信子(余貴美子)と同じ出版社に勤め、二人暮らし。ある日、九州旅行に出かけたはずの信子が、なぜか金沢で事故死する。九州にいるはずの姉がなぜ金沢に? 不可解な死に不審を抱いた祥子は、真相を解明すべく調査を開始する。

名優たちの系譜に刻まれる、真野あずさ版「ゼロの焦点」
7月31日放送「ゼロの焦点」(1991年)主演:真野あずさ
禎子(真野あずさ)は、結婚したばかりの夫・憲一(並木史郎/現・並樹史朗)が仕事の引き継ぎで向かった金沢から戻らないことに不安を募らせ、自ら金沢へ向かう。そこへ憲一の兄・宗太郎(岸部一徳)も東京から合流するが、金沢郊外で何者かに毒殺されてしまう。そんな中、憲一がかつて立川で巡査をしていて、売春婦の取り締まりをしていたと知る禎子は……。
松本清張作家活動40周年記念作品として制作された、真野あずさ版「ゼロの焦点」。その脚本を手がけたのは、昭和から平成にかけて日本映画を支え続けたレジェンド・新藤兼人。節目の年にふさわしい、まさに“格”のある布陣で生み出された一作だ。さらに、松本清張生誕100周年となった2009年には、広末涼子主演で映画化されており、時代ごとに新たなヒロインが物語を受け継いできたことが分かる。
傾向③:日常の裏に潜む「血の呪縛と人間の業」の愛憎サスペンス
一見すると平穏な日常や、立派な家柄。しかし、その裏側には人間のドロドロとした執着や、断ち切れない愛憎劇が隠されている。
血縁という逃れられない呪縛がもたらす悲劇は、日本の風土や土着的な恐ろしさを感じさせる。じわじわと人間の心理をあぶり出す、重厚な演出が最も光るジャンルだ。

岸本加世子が昭和、平成に生きた女性2役を好演
7月24日放送「家紋」(2002年)主演:岸本加世子
北陸の旧家である生田家の分家・市之助(江藤潤)と妻の美奈子(岸本加世子)が殺害された。目撃者は隣家のお房(泉ピン子)と殺された夫妻の5歳の娘・雪代。お房は生田家の家紋入り提灯を持つ頭巾の男と証言するが事件は迷宮入りする。それから18年後、雪代(岸本加世子=2役)は両親の死の真相を知らず幸せに暮らしていた。
究極の安心エンターテインメント「2時間サスペンスドラマ」と清張の親和性

昭和から平成にかけて、日本の夜のお茶の間には常に「2時間サスペンス」があった。「土曜ワイド劇場」(テレビ朝日系)や「火曜サスペンス劇場」(日本テレビ系)に代表されるように、民放各局がこぞって2時間枠のサスペンスドラマを制作していた時代だ。国民的ドラマとなった連続ドラマ「相棒」も、元をたどれば土曜ワイド劇場の一つのシリーズからスタートしたことを知る人も多いだろう。
この2時間サスペンスドラマの魅力は、何といっても「謎解き・観光・人情」がワンセットになった、究極の安心エンターテインメントであることだ。
1回で完結
次週に引っぱらず、2時間で事件発生から解決までスッキリと終わる爽快感。
絶対的な安心感
「崖での犯行の告白」など、視聴者の期待を裏切らない定番展開(お約束)の心地よさ。
観光の疑似体験
ご当地の美しい風景やグルメ、温泉など、テレビ越しに旅行気分を味わえる。
泣ける人間ドラマ
単なる謎解きで終わらず、犯人の哀しい動機や情念に寄り添う、日本ならではの人情劇。
この2時間サスペンスドラマという完璧なフォーマットに、見事なまでに親和性を発揮したのが「松本清張原作」の作品群である。社会の暗部や人間の業を深くえぐる清張の筆致(ひっち)は、2時間という枠の中で肉付けされ、極上の人間ドラマへと昇華されたのだ。
連続ドラマが主流となり、タイパ(タイムパフォーマンス)が重視される現代において、昭和・平成に制作された2時間ドラマは特別な輝きを放っている。スピーディーな展開を追う連続ドラマとは一線を画す、「じっくり見せる演出」。そして、実力派俳優たちによる「円熟味のある演技」。これらが組み合わさることで、人間の心理の奥底まで潜り込むような重厚な空気感が生まれる。今回BS11で放送される松本清張サスペンスは、そんなぜいたくな時間を現代のお茶の間によみがえらせてくれる。欲望、うそ、そして人間の業。実力派キャストたちが織り成す濃厚なサスペンス空間に、今こそどっぷりと浸る時間を味わってほしい。
【番組情報】
サスペンス 松本清張シリーズ
BS11
金曜 後6:45~
7月3日「わるいやつら」※
7月10日「黒い樹海」※
7月17日「黒革の手帖」
7月24日「家紋」
7月31日「ゼロの焦点」
※印の2作品はTVerで見逃し配信あり
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