Feature 特集

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!2026/05/18 12:00

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

 笑福亭鶴瓶さんと八木亜希子さんがゲストと語らい、名曲に隠された秘話やプライベートまで“歌”と“人生”を深掘りする大人のトーク&歌謡番組「鶴瓶のええ歌やなぁ」(BS11 毎週木曜午後8:00)。サンプラザ中野くんをゲストに迎えた5月21日放送回の見どころ、聴きどころをご紹介します。

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

 時代を超えて歌い継がれる応援ソング「Runner」などの大ヒット曲を世に送り出してきた4人組バンド、爆風スランプのボーカル、サンプラザ中野くんが来店。青春の葛藤や挫折、友情を独自の視点で切り取り、1980~90年代の若者たちから絶大な支持を得た爆風スランプの40年以上にわたる軌跡を、デビュー当時から知るMCの2人と共に語り尽くします。持ち前のシャウト混じりのボーカルスタイルによる生歌唱もたっぷり披露。“コミックバンド”と呼ばれていた本格ブレーク前のコミカルな楽曲に、鶴瓶さん&八木さんがノリノリで盛り上がるシーンも必見です。

トークここが見どころ1
爆風スランプの前身バンドに加入した悪魔の正体

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

 1982年、早稲田大学に在学中だったサンプラザ中野くんが、高校の同級生でギタリストのパッパラー河合さんたちと結成した爆風スランプ。その前身となったのがサンプラザ中野くん、パッパラー河合さんが在籍したバンド、スーパースランプでした。

 やがて、さらなる高みを目指した2人はバンドを脱退しますが、そのスーパースランプに2代目ボーカルとして加入したのが、なんと聖飢魔IIでデビューする前のデーモン閣下! 当時のバンドシーンをめぐるエピソードに、鶴瓶さんも目を見開いて驚きます。

 ちなみに八木さんはサンプラザ中野くん、デーモン閣下と同じく早稲田大学出身。5学年の差はあるものの、「8年間在籍していた」というサンプラザ中野くんとは学内で遭遇していた可能性もあり、先輩・後輩でハイタッチを交わす場面もありました。

 デビュー後に大学を除籍となったサンプラザ中野くんですが、「早稲田大学は卒業したら大物になれないというジンクスがあるんです」とキッパリ。「でもね、デーモンはちゃんと卒業しているんですよ」と、悪魔の世を忍ぶ仮の素顔を暴露します。ラジオパーソナリティーとしても人気を博した軽妙な語り口で、MC2人を笑わせていました。

トークここが見どころ2
大ブレークを果たした3大イロモノバンド

 本格ブレーク前は花火を口にくわえて駆け回るステージングや、放送禁止ギリギリな歌詞がクローズアップされることも多かった爆風スランプ。その型破りなパフォーマンスはMCの2人にとっても衝撃だったようで、鶴瓶さんが「むちゃくちゃやった」と当時の印象を語ると、八木さんも「よくテレビに出られましたよね」とメディアがおおらかだった時代を懐かしみます。

 その結果、デビューからしばらくは「コミックバンド扱いされていた」という爆風スランプですが、サンプラザ中野くんは「あくまで芸術表現だった」と主張。80年代初頭のアマチュアバンドシーンではストレートに楽曲を演奏するだけでなく、強烈なビジュアルや演劇的なパフォーマンスを取り入れる潮流が勃興していたことを説明します。

 その例を「爆風スランプのほか、聖飢魔IIや米米CLUB」と挙げると、「みんな売れとるよね」と鶴瓶さんも当時の自由で豊かなバンドシーンに納得。とはいえ、当初は「3バンドまとめて“ソニーの3大イロモノバンド”と呼ばれていたんですよ」と正当に評価されるまで時間がかかったことを明かしていました。

トークここが見どころ3
国民的応援ソング「Runner」は男たちの別れの歌だった

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

 若者の胸を熱くするロックバンドへ――爆風スランプのイメージを大きく変えることとなったのが、シングル「Runner」の大ヒットでした。誰もが口ずさめる応援ソングの定番と思いきや、実はこの曲は「別れの歌なんです」と意外な背景が明かされます。

 派手なパフォーマンスで知名度を上げていた矢先のデビュー5年目に初代ベーシストが脱退。「テレビで活躍するよりもミュージシャンとして腕一本で生きていきたいという彼と、まだまだ売れたい俺たち」、それぞれの意思を尊重するための決断でした。そして初代ベーシストへの餞(はなむけ)として書いたのが「Runner」だったそうです。

 そのような背景を持つ楽曲だけに、サンプラザ中野くんとしては当初は応援歌として認識されたことに「違和感もあった」と当時の心境を振り返りますが、一方で「初めて変化球ではなく、直球で書いた曲」だけに思い入れもひとしお。運動会の時期には「今年もどこかの小学校で流れているかなと、SNSでエゴサしています(笑)」と意外なルーティーンも明かしていました。

トークここが見どころ4
今も色あせない青春バラードに込めた言い訳

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

 1999年に活動休止した爆風スランプですが、デビュー40周年の2024年に再集結。そして今年8月11日には35年ぶりの日本武道館ライブが控えています。

 日本武道館といえば、爆風スランプの代表曲の一つ「大きな玉ねぎの下で」の舞台としても知られます。ほろ苦い失恋を描いた青春バラードを「めっちゃええ曲や」と聴き入る鶴瓶さん。ところが実はこの曲、感動を意図したのではなく「言い訳のために書いた」という意外な事実が語られました。

 デビュー1年目早々に日本武道館ライブが決まった爆風スランプ。しかしその時はブレーク前のこと。「満員になるわけがない」と精神的に追い詰められたサンプラザ中野くんが思い付いたのが、「空席がある理由」を歌詞にすることだったのだそうです。

 ちなみにその初めての日本武道館ライブは満員に。今年8月の武道館ライブも「中高年になった当時の中高生に集まってもらえたら」と呼びかけ、「他のメンバーが全く宣伝してくれない(笑)」とボヤきつつ、自ら考案した「8月11日 山の日」のハンドサインをMC2人にレクチャー。ユーモアあふれるプロモーションを繰り広げました。

SET LIST

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

「Runner」1988年
作詞:サンプラザ中野 作曲:Newファンキー末吉
 12枚目のシングルにしてロングヒットを記録、爆風スランプを一躍知らしめた疾走感あふれる1曲。この曲でNHK紅白歌合戦にも初出場しました。リリースから37年以上たった現在も、テレビのマラソン企画から青少年のスポーツ大会まで応援ソングでおなじみです。高校野球での甲子園球場アルプス席の吹奏楽による演奏もすっかり定着しました。
○「この曲が長く聴かれている一番の理由は、小学校の運動会でよく使われるから。無垢(むく)な子どもが6年間にわたって、しかも体を動かしながら聴かされるわけですから、それは洗脳されますよね(笑)」(サンプラザ中野くん)
○「何より歌詞もメロディーもええよね。今の子どもたちが歌ってもぜんぜん古くならない」(鶴瓶さん)

「大きな玉ねぎの下で」1989年
作詞:サンプラザ中野 作曲:嶋田陽一
 2025年にはこの曲をモチーフとした映画が制作されるなど、時代を超えて愛される青春バラードの決定版。タイトルの“大きな玉ねぎ”とは日本武道館の屋根に据えられた擬宝珠(ぎぼし)のこと。「千鳥ヶ淵」や「九段下の駅」といった歌詞に登場するリアルな情景描写も心を揺さぶります。
○「主人公の“僕”が涙を浮かべる場所は、響きが詩的な<千鳥ヶ淵>と決めていました。ところが歌詞を書いてから現地を歩いてみたところ、その場所が<牛ヶ淵>だということが判明して(笑)。急いで“僕”の歩行ルートを組み直して、歌詞に整合性を持たせたのを覚えています」(サンプラザ中野くん)
○「ミュージシャンにとって日本武道館は、今以上に憧れの大切な場所やったからね」(鶴瓶さん)
○「誰しも心の中にある青春の気持ちが呼び起こされますね」(八木さん)

「旅人よ ~The Longest Journey」1996年
作詞:サンプラザ中野 作曲:パッパラー河合
 日本テレビ系バラエティー番組「進め!電波少年」の「猿岩石ユーラシア大陸横断ヒッチハイク」の応援歌として制作。猿岩石が旅をしていたインドまで、サンプラザ中野くんとパッパラー河合さんが歌を届ける企画にまで発展しました。
○「当初は軽い気持ちで歌を届けて帰ってくるつもりだったんです。ところが現地の空港に着いたら『今から2人にはニューデリーのどこかにいる猿岩石を捜してもらいます』と言われて、完全にハメられました」(サンプラザ中野くん)
○「マジでそういうことやる番組やったからね……。けど、爆風スランプに応援してもらうなんて、猿岩石の2人もうれしかったやろうね」(鶴瓶さん)

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

「リゾ・ラバ -RESORT LOVERS-」1989年
作詞:サンプラザ中野 作曲:Newファンキー末吉
 バブル期の刹那的な夏の恋をシニカルに描いたロックナンバー。ヒット曲を連発するなど大忙しだった当時、すでに決まっていたCMのタイアップとして「2時間で書き上げるように」とスタジオに閉じ込められたことをサンプラザ中野くんは振り返ります。
○「世の中みんながリゾートに浮かれている中、なぜ自分だけがスタジオに? という恨みと悔しさを全力で歌詞にぶつけましたね」(サンプラザ中野くん)
○「歌い出しからして耳に残る。こんなええ曲を2時間で書いたって、すごいことよ」(鶴瓶さん)

「月光」1989年
作詞:サンプラザ中野 作曲:パッパラー河合
 ロングセラーとなった「Runner」と大ヒットした「リゾ・ラバ」に挟まれたシングルとして「あまり売れなかった」とサンプラザ中野くんは振り返りますが、夜の動物園を舞台とした抒情的な歌詞がファンの間で根強い人気を誇る、メロディアスなミディアムバラードです。
○「野性爆弾のくっきー!さんがこの曲を大好きと言ってくださっていて、アンサーソングを書いてくれたこともありました。個人的にもエロティックな歌詞が気に入っています」(サンプラザ中野くん)
○「夜の動物園でそんなデートを。ものすごく興奮しました(笑)」(鶴瓶さん)

After Talk サンプラザ中野くん

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

──本日の収録の感想をお願いします。

「バンドの広報担当として、1人で頑張りました! MCのお二人とも久しぶりにお会いでき、大変楽しかったですね。いろいろ引き出されてしまって、オンエアではどこまで使えるのかが心配ですけど(笑)」

──何より歌声も声量もまったく変わらない。秘訣はあるのですか?

「スタジオトークでも話しましたが、毎朝6時15分にTikTokライブで般若心経を唱える習慣化が、結果的にボイストレーニングになっているのかもしれないですね」

──歌う上で大切にしていることを教えてください。

「どこか客観性を持つことですかね。特にバラードは歌っている側が酔ってしまうと、聴く側が冷めてしまうと思うので、なるべくのめり込まないように、ギリギリのところをキープして歌うようにしています」

──つまり「大きな玉ねぎの下で」の“僕”はサンプラザ中野くんではない、ということですか?

「まったく関係ないですね。自分はあのストーリーを語る側で、むしろ聴いてくれる人たちが主役というか、あの少年になってくれたらいいなと思って歌っています」

──やはり日本武道館に対しては特別な思いがあるのでしょうか。

「今は分からないけど、やはりわれわれの世代にとってはロックの聖地ですからね。それと実はデビュー前のアマチュアバンド時代、『世界歌謡祭』というコンテストで日本武道館のステージに立っているんです。その時優勝したのが『完全無欠のロックンローラー』を披露したアラジンでした。ちなみに僕らは『尻の穴から出たい』という楽曲を演奏したんですけど(笑)、そんなこともあってやっぱり思い入れは強いですね」

──その日本武道館のステージに35年ぶりに立つ上で、何か準備はされていますか?

「声を出し続けることですかね。喉も楽器と同じで、たまに弾かれる高い楽器よりも、しょっちゅう鳴らされている安い楽器のほうがいい音が出るものなんです。という意味でも、3年前から365日、毎朝欠かさず2回まわしでやっているTikTokライブの般若心経は役に立っているんじゃないかなと思います。頭おかしいって言われていますけど(笑)」

──最後に番組の見どころをお願いします。

「歌唱シーンはやはりぜひ見ていただきたいですね。いつもはパッパラー河合さんが隣で気持ちを支えてくれるんですけど、今日は鶴瓶さん、八木さんのおかげで元気に歌えました。基本的に自分が出演した番組は見ないんですけど、かなりいい感じで歌えた感触があるので、珍しく見てしまうかもしれません。あとは鶴瓶師匠もやってくださった『8月11日 山の日』のハンドサインを覚えて、当日はぜひ日本武道館にお集まりいただけたらうれしいです」

【番組情報】
「鶴瓶のええ歌やなぁ」
BS11 毎週木曜 午後8:00~8:57
※サンプラザ中野くんゲスト回は、5月21日放送
※番組放送後、YouTube限定でスタジオトークのディレクターズカット版を公開中

INFORMATION>
「爆風スランプ 2026 LIVE at 日本武道館 ~歌え、大きな玉ねぎの下で」
2026年8月11日(火・祝)東京・日本武道館
開場 午後5:00/開演 午後6:00
(問)ホットスタッフ・プロモーション 03-5720-9999(平日 午後0:00~午後6:00)

「鶴瓶のええ歌やなぁ」でサンプラザ中野くんが“あの頃”胸を熱くした爆風スランプの名曲を熱唱!

爆風スランプ
 1982年、バンドコンテスト「EastWest」にて最優秀グランプリを獲得した「爆風銃」のメンバーだったファンキー末吉と江川ほーじん、優秀グループ賞を獲得した「スーパースランプ」のメンバーだったサンプラザ中野とパッパラー河合の4人で「爆風スランプ」結成。約2年間のアマチュア活動を経て、1984年8月、アルバム「よい」、シングル「週刊東京『少女A』」でメジャーデビュー。パワフルかつファンクなサウンドと、ユニークで時に過激なパフォーマンスが話題を呼ぶ。若者を中心に圧倒的な支持を得る。メジャーデビューからわずか1年余りの1985年12月13日金曜日に初めて日本武道館ワンマンライブを成功させる。

 1988年に「Runner」をリリース。この年に初めてNHK紅白歌合戦に出場し、翌年1989年に大ヒットを記録。同年、江川ほーじんが脱退し、バーベQ和佐田が加入。現在のメンバーとなる。以後「リゾ・ラバ」「大きな玉ねぎの下で~はるかなる想い」「涙2」などをリリースし、90年代初頭の音楽シーンを盛り上げた。1999年4月に活動休止を発表。

 2005年、2007年、2010年にはその日限りの復活ライブを実施。

 2024年、デビュー40周年を記念し、再集結。26年ぶりとなる新曲「IKIGAI」を8月25日にリリース。YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』に初登場。14年ぶりに現メンバーで「Runner」をパフォーマンスし、大きな話題に。10月にはバンド初となるメンバーセレクトによるベスト盤「40th AnniversaryBEST ALBUM IKIGAI 2024」をリリース。ベスト盤を引っ提げて26年ぶりとなるツアー「爆風スランプ~IKIGAI~デビュー40周年日中友好 LIVE “あなたの IKIGAI ナンデスカ?”」を開催。東京・名古屋・兵庫全公演ソールドで幕を閉じた。

  デビュー41(よい)周年を迎えた2025年2月、「大きな玉ねぎの下で」が映画化。8月にはバンド初となる夏フェスに出演。活動休止以来の本格的な活動再開に業界内外から注目が集まっている。

U-NEXT

この記事をシェアする

U-NEXT

Copyright © TV Guide. All rights reserved.