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「市(宮﨑あおい)の手で楽にしてあげたかった」チーフ演出・渡邊氏が語る第17回「小谷落城」の全貌2026/05/03 20:45

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「市(宮﨑あおい)の手で楽にしてあげたかった」チーフ演出・渡邊氏が語る第17回「小谷落城」の全貌

 仲野太賀が主演を務める大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK総合 日曜午後8:00ほか)。戦国の世を舞台に、豊臣秀長(小一郎/仲野)と、その兄・豊臣秀吉(藤吉郎/池松壮亮)が、強い絆を武器に天下統一という偉業へと突き進んでいく、王道の下克上サクセスストーリーだ。脚本は、連続テレビ小説「おちょやん」(2020年)などを手がけた八津弘幸さんが担当している。

 5月3日放送・第17回「小谷落城」は、武田信玄(髙嶋政伸)の死から足利義昭(尾上右近)の敗走、そして小谷城落城まで、息をつく間もなく展開するエピソードとして放送された。40分強とは到底思えないほどの密度で、信玄・義昭・朝倉義景(鶴見辰吾)と複数の人物が相次いで退場し、浅井長政(中島歩)と市(宮﨑あおい)の別れという感情的なクライマックスが待ち構える構成は、まさに“一つの時代の幕引き”とも言える回だった。

 タイトルバックが消え、スタッフクレジットが黒バック一色に変わった演出。その意図から、宮﨑あおいの渾身(こんしん)の演技の舞台裏まで、チーフ演出の渡邊良雄氏が語り尽くした。

※本記事には第17回の内容に関するネタバレが含まれています。あらかじめご了承ください。

「いい意味でぐったりする回」密度の高さに込めた意図

「市(宮﨑あおい)の手で楽にしてあげたかった」チーフ演出・渡邊氏が語る第17回「小谷落城」の全貌

「脚本を読む段階でも、要素が非常に多いなという印象はありました」と渡邊は振り返る。

 信玄が登場したかと思えば義昭の退場があり、さらに朝倉義景の描写も重なり、小谷城落城までの流れがかなりのボリュームで描かれている。一つ一つの出来事の重さもさることながら、それらが一気に押し寄せる構成だけに、どういうバランスで見せるべきか、収録段階でも編集段階でも相当に頭を悩ませたという。ただ、その中で「どこかを削る」という発想は最初からなかった。

「長いドラマ、とりわけ大河ドラマや朝ドラでは、登場人物が去っていく回というのは必ずありますし、今回はその流れが小谷城落城に重なって、多くの人物が同時に退場する形になっています」。そう前置きした上で、「だから、どこかを削るというよりは、戦国の時代の情け容赦ない側面も含めて、すべてを表現したいと考えました」と力を込める。

 その決断の末にたどり着いたのが、「見終わった時に“いい意味でぐったりする”ような回にしよう」という方針だった。情報量の多さを整理して軽くするのではなく、あえてその密度ごと受け止めてもらう。視聴者に消耗感すら伴わせる構成は、意図的に設計されたものだった。

 第17回を一つのチャプターの幕引きとする。その方針はプロデューサーの松川博敬氏とも早い段階から共有されていたという。

「第18回からは新しいフェーズに入っていく構成になっています。第17回はそのピリオドになる回にしようと、松川とも話していました」。物語上の区切りであると同時に、視聴体験としても明確に“転換点”であることを示す必要があった。

 その覚悟を画面上で体現したのが、タイトルバックを外すという大胆な演出だ。「第16回まで積み重ねてきたフォーマットをあえて崩すことで、“今回は少し特別な回ですよ”ということを最初に提示したかったんです」。シリーズの文法を裏切ることで、この回の重みを冒頭から印象づける狙いがあった。

 要素が多く、削りたくないという事情もあったが、それ以上に優先されたのは演出としての必然性だった。フォーマットを崩すことで視聴体験そのものに変化を与える。その発想は、エンドロールや構成全体にも貫かれている。

 通常はないエンドロールをつくり、黒バックにしたのもその一つ。「少しだけ自分の中でかみ締める時間を作ってほしい」。にぎやかな余韻ではなく、あえて“間”を設けることで、出来事の重みを静かに受け止める時間をつくった。

 さらに、予告映像を入れなかったことも同じ文脈だ。「予告は、本編が終わって、『さあ次はどうなるんだろう』と引っ張るためのもの。でも余韻にひたってもらいたい回もある」。次回への期待をあおるのではなく、今見たものを一度受け止めてもらう。そのために、あえて次を提示しない構成が選ばれた。

市が刀を取る、介錯シーンの裏側

 今回のクライマックスとも言えるのが、市(宮﨑)が長政(中島)を自ら介錯するラストシーンだ。史実としては極めて異例のこの演出は、制作の初期段階から議論の俎上(そじょう)に上がっていたという。

「市が長政を介錯するというのは、僕の知る限り、これまでにあまりない設定です。本作の制作においても大きなポイントの一つでした。長政の最期に際して、市が“楽にしてあげる”という形で関わる展開は、比較的早い段階からやってみようという話になり、準備していました」

 当然ながら、時代考証の観点からは異論も出たが、制作側も織り込み済みだったという。史実とフィクションの線引きをめぐる議論は重ねられたが、それでもこの形を選んだ背景には、市の人物像の設計があった。

 渡邊は、市の変化をこう整理する。

「政略結婚で始まった関係ですが、長政の人柄に触れていく中で、市は“織田の女性”から“長政の妻”へと気持ちが変化していく。長政と思いが最後まで通い合ったからこそ、あのラストに説得力が生まれるのではないかと考えました」

 つまり、この介錯は突飛な演出ではなく、人物描写の積み重ねの延長線上にある選択だったというわけだ。では、その発想は誰から生まれたのか。渡邊は「特定の発案者はいない」と明かす。

「僕や松川、八津さんら数人で話している中で出てきたものですね。まだ撮影も始まる前の段階で、市という人物をどう描くかを話している中で生まれました」

 重要だったのは、なぜその形になるのかという必然性だ。

「織田家に生まれ、信長に『お前が男だったらよかった』と言われるような女性として描く以上、単に夫に寄り添う存在ではなく、主体性を持った人物として描きたいという意図がありました。その流れの中で、長政との関係や最期のあり方を考えた結果、あの形になったのだと思います」

一発勝負の返り血。「程よさ」にこだわった演出の哲学

 撮影は2025年の年末。その年の収録最終日に近いタイミングでもあり、現場には張り詰めた空気が漂っていたという。そうした状況の中で行われた返り血のシーンは、一発勝負での撮影となった。

 やり直しとなれば、メークをすべてやり直す必要がある。着物に血がかかれば元に戻すことも簡単ではない。そうした制約の中で、一度のチャンスにすべてを委ねる形で臨んだ。

 渡邊は特殊効果の担当者に血のりの量やかかる場所について、事前に細かく指示を出している。その理由について、次のように説明する。

「最初は、返り血を長政そのものと考えれば、ある程度浴びてもいいのではないかとも思いました。ただ、それは違うなと。大量にかかることが、彼の気持ちを受け止めるということではないと思ったんです」

 血のりは過剰にならない“程よさ”を重視した。実際の撮影では、特殊効果の担当者が画面の外で手動操作し、血のりを噴出させる方法が取られたという。タイミングも含めて一発で決める必要がある中、「思っていたものにかなり近い、いい感じになった」と振り返った。

 あわせて、刀を振り下ろした「先」を映さないという判断もされている。

「振り下ろす先の首そのものは見せない。その代わり、返り血を浴びることで、市が自分の手で長政の人生の幕を引いたということを表現したかった」

 直接的な描写を避ける演出だった。返り血を浴びるという精神的負荷の大きい演出に対しても、宮﨑はためらいを見せることなく臨んだ。その姿からは、このシーンに懸ける覚悟が自然と伝わってきたという。

「このシーンに対してすごく気持ちを入れてくださっていたので、僕から細かく何かを言うことはあまりありませんでした」

 渡邊はそう振り返る。宮﨑の俳優としてのキャリアの中でも「おそらくあまりない経験だったと思います」としながら、その覚悟に対する敬意が言葉の端々ににじんだ。

感情をつなぐ「大男」の話

「市(宮﨑あおい)の手で楽にしてあげたかった」チーフ演出・渡邊氏が語る第17回「小谷落城」の全貌

 介錯へ向かう市の心情の変化のきっかけは、実はかなり前の段階から伏線として仕込まれていた。小一郎と藤吉郎が市と小谷城で再会した際、途中まで語られながらも途切れた「大男」のエピソード。城を脱出する流れの中で、その話は長政の命が尽きるときに回収される。

「小一郎と藤吉郎は、その続きをまるでついこの間のことのように話し始める。市は、いろいろな思いが交錯する中で、その“大男”の昔話を聞く。その“大男”は、まさに長政に重ねられています」。かつて途切れた会話が、時間を越えてつながる。その“ロングパス”が、市の決断を後押ししていく構造だ。

「そこから市の感情がどう動き、最終的に刀を借りて介錯へ向かうのか。その流れを自然につなげるのは、とても難しい部分でした」

 市は最初、娘たちとともに城を後にしようとする。しかし、その場で立ち止まる。この“引き返す”瞬間の感情の動きこそが、シーン全体の要となっていた。

「宮﨑さん一人ではなく、三人でどう感情をそこへ持っていくかを話し合いました。その流れをいかにスムーズにし、見ている方に違和感を抱かせないものにするかという点ですね」

 リハーサルを重ねても、すぐに答えが出たわけではなかったという。感情をつなぐための微細な調整が繰り返された。

 宮﨑とは「篤姫」(2008年)以来の縁で、連続テレビ小説「らんまん」(23年)でも再び顔を合わせている。

「『篤姫』の頃は当時史上最年少での主演ということもあり、まだ幼さも残る印象でした。今はお子さんもいらっしゃる母親であり、人としても非常に成熟されたと感じます」。役者としての変化にとどまらず、「それ以上に人としての深みが増している印象を受けました」と続けた。

相撲が“幻想”になるとき――伏線の回収

 第13回に信長と長政が相撲をとるシーンが出てきたが、第17回でもう一度行われた。2人が相撲をとるというのは八津のアイデアだという。

「第13回では、信長と長政という義理の兄弟の関係性をどうやって表現するかという中で出てきたものです。体と体をぶつけ合うことで、物理的にも心理的にも距離が近づく。義兄弟としての絆を確かめ合う手段として、相撲は非常に分かりやすい表現だったと思います」

 この相撲が、第17回でまったく異なる意味合いを帯びる。

「長政は信長との再会を望んでいましたが、それはかなわない。どう生きるか、どう死ぬかという問いに正しい答えはないと彼自身も語っていますが、その中で一つの決着の形として相撲が提示される」

 現実では果たせなかった対峙(たいじ)が、幻想の中で実現する。信長と向き合い、それを乗り越えることで、長政は「この世に思い残すことはない」という境地へと至っていく。あの相撲は、長政が自分の魂に決着をつけるための装置だったのだ。

武田信玄の死が問うもの

「市(宮﨑あおい)の手で楽にしてあげたかった」チーフ演出・渡邊氏が語る第17回「小谷落城」の全貌

 今回の展開の中でも目を引いたのが、武田信玄(髙嶋)の最期だ。毒殺の危機を乗り越えた翌日、自ら搗いた餅をのどに詰まらせて急逝するという展開だ。

 渡邊は、この場面の意図を次のように説明する。

「あの時代は何があるか分からないということを表現しています。部下が身代わりになって毒殺の危機から逃れ、“天は自分に味方している”と思った翌日、安全だと思って自分がついた餅で命を落とす。人はどのタイミングで、どういう形で死ぬか分からない」

 一見すると滑稽にも映る最期だが、その落差こそが、戦国という時代の本質を浮かび上がらせる。

「今の感覚では非日常である死が、日常の中に入り込んでいた時代が戦国だと思っています。だから、ああいう死に方も、人の命や人生はいつ終わるか分からないということの一つの証左です。不条理で、切ないものとして撮りました」

「らんまん」出演者が醸し出す現場の空気

 出演者の中には連続テレビ小説「らんまん」で顔を合わせたキャストが複数人ということもあり、現場には独特の距離感の近さがある。その関係性もあり、撮影現場の空気は一貫して和やかだという。

「大河の現場はどうしても空気が重くなったり、硬くなったりすることが多いです。ただ今回は作風もあって、比較的和やかで、みんなでワイワイと話しながら過ごしている印象です」

 現場では自然な会話も絶えない。「プライベートな話題も含めてざっくばらんに会話が交わされていますし、出演者の皆さんが現場の空気を柔らかくしてくれている部分はあると思います」

第18回から「新しいフェーズ」へ

「よく“少年漫画っぽい”と言われることがあります。それが否定的な意味なのか肯定的な意味なのかは人によると思いますが、こちらとしてはあえてそういうふうに作っています」と渡邊は語る。

 ドラマの前半では、小一郎と藤吉郎のいじり合いや、軽やかなコメディー的なやりとりが印象的に描かれてきた。一方で、その背後には常に人の死や不条理が横たわっている。軽さと重さが同時に存在するその振れ幅の大きさが、本作のトーンを形作ってきた。そうしたバランスを含め、視聴者の反応への手応えについて問われると、渡邊は「かなりいいのではないでしょうか」と率直に答える。

「あえてそうしたきわどい表現も含めてやってきた部分が、受け入れられた、受け止めてもらえたという意味では、手応えを感じています」

 第17回で一つの区切りがつき、物語は次の段階へと進む。第18回以降、豊臣兄弟が歩む道は、より大きな流れの中へと入っていく。

【番組情報】
大河ドラマ「豊臣兄弟!」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45

文/斉藤和美

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