「あんぱん」北村匠海インタビュー【前編】アンパンマン誕生に込めた“逆転しない正義”の思い2025/09/12 08:15

NHK総合ほかで放送中の連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜午前8:00ほか)で、主人公・のぶ(今田美桜)の夫・柳井嵩を演じる北村匠海に、前後編でインタビュー。
今田が主人公を務める朝ドラ第112作の同作は、脚本家・中園ミホさんがアンパンマンを生み出した漫画家・やなせたかしさんをモデルとした柳井嵩(北村)と、嵩の妻・のぶ(今田)の激動の人生を描く。何者でもなかった2人があらゆる荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した「アンパンマン」にたどり着くまでを描き、生きる喜びが全身から湧いてくるような愛と勇気の物語をおくる。
幼少期に新聞社の特派員だった父を亡くして伯父の家に引き取られ、転校先の学校でのぶに出会い、若い頃から漫画や絵を愛した柳井嵩。東京高等芸術学校卒業後、出征。戦地での壮絶な経験を経て復員後、のぶと結婚し、「逆転しない正義とは何か」を探していく中、9月12日・第120回放送でついに「アンパンマン」が誕生する。
朝ドラ初挑戦となった北村が、1年間にわたる長期撮影を経て語る、嵩役への思い。やなせたかしをモデルにしながらも“柳井嵩”として生き抜いた役作りの裏側や、今田をはじめとする共演者とのやりとりとは。前編では、役作りや現場での過ごし方、そして長期撮影を通して育まれた共演者との絆について語ってもらった。
──第120回放送で、ようやく「アンパンマン」にたどり着きました。1年間の撮影を終えた今の心境は?
「ようやく…という思いが強いですね。嵩としては、やなせさんが『アンパンマン』を世に送り出したのが遅咲きだったこともあり、物語でも50代後半から60代まで悩み、立ち止まり、下を向き続ける姿を演じなければなりませんでした。物語冒頭のシーンは、まだ先の展開が見えないまま臨んだので、やなせさんをある種“模倣”するほかなくて…。でも、第120回の撮影でようやく『あ、ここにたどり着いたんだな』と実感できました」
──当時と今で、役への思いに変化はありましたか?
「あの頃とはまったく違います。それは“やなせたかし”としてではなく、“柳井嵩”として生き抜いたからだと思います。嵩はやなせさんをモデルにしながらも、ご本人よりも陰を帯びた人物。だからこそ、やなせさんは物語全体を包み込む存在であり、僕はその象徴としての役割を担っていると感じました。“似て非なるもの”として過ごした1年間を経て、柳井嵩として『アンパンマン』に向き合うと、いとおしさやここまでの苦悩、そして出会ってきた人々の姿が次々と思い浮かびました。中でも鮮明なのは、のぶの存在です。実際のやなせ夫妻以上に、柳井嵩と朝田のぶは長い時間を共にしてきた。幼い頃から寄り添ってきたからこそ、そう感じられたのだと思います」

──のぶという存在は、嵩にとってどのような意味を持っていたのでしょうか。
「『あんぱん』の中で、のぶと歩んできた道のりを何度も実感しました。軍国主義の時代を背負い、戦後に交わした語らい、新聞社での再会、常に背中を押されながら前進した日々…。時には自分が前を切り開く瞬間もあれば、落ち込むのぶを黙って見守ることもあった。そうした二人三脚の歴史を、『アンパンマン』の物語に重ね合わせています。アンパンマンのモデルは(弟の)千尋(中沢元紀)ですが、作品全体を見渡すと、そこには間違いなく2人の足跡が刻まれている。それは柳井嵩という人物ならではの感情なのだと、強く感じています」
──第120回に登場する、嵩が「アンパンマン」を描く後ろ姿など、第1回冒頭と重なる場面は、新たに撮影されたシーンでしょうか。
「はい。第1回撮影時とは年齢設定や外見に差があり、あらためて撮ることになりました。ただ、まったく同じカットではありません。チーフ監督からは『あれは覚悟を示すシーンだった』と聞きました。作品を最後までやり切るという決意を、チームや視聴者に伝えたかったそうです。実際にもう一度演じると、顔の向きも違えば、あの時にやなせさんを感じながら演じた“根っこ”は同じでも、芽吹いているのはやなせたかしさんのイズムであり、柳井嵩として育った花や草木はまったく別物だという感覚がありました」
──長期にわたる今田美桜さんとの共演で、どんな関係を築いてきましたか。
「後半は本当に“支え合い”という言葉がぴったりでした。この物語はのぶが主人公で、嵩は彼女を支える存在。今田さんも何度も立ち止まり、後ろを振り返る瞬間がありました。そのたびに、のぶと嵩としてお互いの気持ちやこれまでの道のりを確かめ合いながら進んできました。一番感じたのは、彼女の強い責任感です。そこはのぶと通じる部分で、常に気丈に現場を明るく照らし、まさにひまわりのように場をパッと華やかにする。その裏には迷いや葛藤、悔しさもあり、それらを一つ一つ言葉にして昇華していく姿は、この仕事においてとても大事なことだと思います。僕自身も柳井嵩として悩む瞬間が予想以上に多く、お互いの歩みを松葉杖のように支え合いながらやってきました。その中で何があっても前を向くのは、やっぱりのぶだったと思いますし、その強さにスタッフ・キャスト一同が魅了され、支えられていたのではないかと感じます」

──役作りや共演にあたって、特別なルールは設けていたのでしょうか。
「ルールはありませんでしたが、僕は一度も楽屋に戻らず、ずっと前室にいました。気付けば、のぶも同じように前室に残るようになり、まるで“守り神”のように2人でそこに居続けるようになりました。最初は意気込み半分、使命感半分で始めたのですが、次第に居心地が良くなって…。それが今田さんにとっても安心できる場所になってくれたのかなと思います。役者もスタッフの一員だと考えているので、作品の話はもちろん、『今日は雨がすごいね』といったたわいない会話も大事にし、距離感が生まれないよう心がけていました。そのうち、河合(優実)さんや原(菜乃華)さん、(高橋)文哉くん、たくちゃん(いせたくや/大森元貴)など同世代のキャストも自然と集まり、最終的には全員が前室に集うように。あの場に居続けるという選択は、間違っていなかったと感じています」
──嵩に大きな影響を与える八木信之介役の妻夫木聡さんとは、映画「ブタがいた教室」(2008年)以来の共演でしたね。
「僕にとって人生で初めて会ったいわゆる芸能人が妻夫木さんでした。当時は先生役として、僕たち子どもキャストに“生きる”ということを教えてくれた方です。『ブタがいた教室』は、生き方を問う実験のような作品で、小学生が育てたブタを食べるか否かを自ら判断するという内容でした。台本はなく、撮影前から合宿を行い、本物の学校生活のような時間を過ごしました。撮影前日、監督さんに一人ずつ呼ばれて『食べるのか、食べないのか』と問われ、僕は“食べる派”でしたが、意見はほぼ半々に分かれました。そんな“命の教育”を受けさせてくれたのが妻夫木さんです」
──今回の「あんぱん」での妻夫木さんは、どんな存在でしたか。
「戦争パートで再び出会い、飢餓や死を肌で感じる空間を共にしました。僕がセリフに迷い、『この言葉を言うにはこういう気持ちでいないと』と悩んでいる時、前室で隣にいた妻夫木さんが『嵩のここさ…』と一言、救い上げてくれる。そんな存在でした。八木という役を通して、のぶと同じくらい嵩を思ってくれていたと思います。よく2人で『嵩には“やりたい”という能動的な思いが必要だし、アンパンマン誕生という奇跡の中でも、それをストーリーに反映させなければいけないよね』と話していました。第22週の中目黒の家で八木が『お前の詩集を出そう。詩集のタイトル考えてくれるか』と言って出て行き、その後、嵩が走り出すシーンは、まさにその議論から生まれたもので、少し脚本を変えて実現しました」
──親友・辛島健太郎役の高橋文哉さんとの共演はいかがでしたか。
「実は僕と文哉くんはスタイリストが同じで、その頃から文哉くんのことは聞いていたんです。ただ、『匠海とはタイプが違うと思う』と言われていて(笑)。さらに、俳優仲間からも『文哉くんは輝きすぎてるから、匠海はくすんでるじゃん(笑)。なんて冗談交じりに言われ、『そうなのかな』と思っていました。実際に初めて会った時は、本当にまぶしいなと感じましたね。でも、ある時から懐いてくれるようになって。そのきっかけは、彼がDISH//のライブを見に来てくれたことでした。ライブ後に長文の感想をスタイリストさん経由で受け取り、その熱意に応えたいと思ったところから会話が増え、今では心から“いい友達を得た”と思える関係になりました」
──役柄としても、良い関係が築けたのですね。
「僕は、事前に『こういう芝居をするよ』と打ち合わせることはあまりありません。嵩がぽつぽつと話すと、健ちゃんが軽やかで温かいテンポで返してくれる。そのやりとりがどのシーンでも“本物の親友”らしさを作ってくれました。戦時中も、健ちゃんがいなければ嵩はとっくに命を落としていたかもしれません。心を和ませ、時に喝を入れてくれる存在で、のぶと同じく嵩の人生を彩ってくれた、かけがえのない存在です。その役を文哉くんが演じてくれたことを心からうれしく思います。彼は今後、間違いなくいろいろな作品を背負う機会が増えていく役者だと思います。魅力的で芝居も素晴らしく、バランス感覚も技術も兼ね備えている。だからこそ、迷った時に立ち返れる存在の先輩でいたいし、不甲斐ない姿は見せたくない。そう思わせてくれる関係です」
──現場では、共演者との関係づくりだけでなく、嵩という人物を形作るための創作的な側面もあったと思います。北村さんご自身は小学生の頃から絵画教室に通われていましたが、その経験は今回の役柄にどのように生かされましたか。
「心から『あの時、絵を好きでいてよかった』と思える瞬間がたくさんありました。撮影期間中は、オールアップした方の似顔絵を描くなど、とにかく常に何かを描いていた気がします。創作好きになった原点は絵画教室です。そこでデッサンや油絵を学び、家に帰れば粘土遊び。針金に粘土を付けて架空のモンスター作りにも夢中になりました。そうしてずっと何かを作り続けてきた経験は、『あんぱん』で柳井嵩を演じる上でも確実に生きています。子どもの頃から持っていた“作ることを楽しむ気持ち”は、柳井嵩の中にも確かに流れていると感じます。基本的に撮影中はNHKにいるので、合間や長い待ち時間は前室で過ごし、そこで絵を描くことが多かったですね。周りのキャストを巻き込み、絵しりとりをして盛り上がったこともあります」
前編では嵩役への向き合い方や共演者との関係性を中心に語ってくれた北村。後編では、自身への影響や表現者としての思い、そしてエンタメ業界の未来への願いまで、さらに深く話を聞いた。

【プロフィール】
北村匠海(きたむら たくみ)
1997年11月3日生まれ。東京都出身。俳優、アーティストとして活躍中。主な出演作はドラマ「名探偵ステイホームズ」(日本テレビ系/2022年)ドラマ「星降る夜に」(テレビ朝日系/23年)、「アンチヒーロー」(TBS系/24年)、映画「東京リベンジャーズ」、「悪い夏」など。10月24日には、主演を務める映画「愚か者の身分」の公開が控えている。
【番組情報】
連続テレビ小説「あんぱん」
NHK総合
月~土曜 午前8:00~8:15 ※土曜は1週間の振り返り
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
月~金曜 午前7:30~7:45
取材・文/斉藤和美
関連リンク
この記事をシェアする