三越伊勢丹が拓く 百貨店ビジネス最前線2025/06/26 16:00

メディア人に企画のネタを提供する「メディアのネタ帳」。最新スポットやトレンド、注目の人物などさまざまな話題を紹介する。今回は老舗百貨店2社が合併して2011年に生まれた「三越伊勢丹」の軌跡を紹介する。
老舗百貨店2社が合併して2011年に生まれた「三越伊勢丹」。厳しい環境下にある百貨店ビジネスだが、同社は近年オンラインサービスを次々と展開し、新しいビジネスモデルの開拓に力を入れている。なかでもユニークなのが、19年10月から開始されたシャツのカスタムオーダーサービス「Hi TAILOR(ハイ・テーラー)」だ。
「Hi TAILOR(ハイ・テーラー)」は、オンライン上でシャツのカスタムオーダーが行えるサービスだ。シャツの仕様は、約90種の生地から細かく選んでいくこともできるし、シチュエーション別にあらかじめ用意されたおすすめセットを元にカスタマイズすることもできる。迷った場合はオンライン上でスタイリストからアドバイスを受けることも可能だ。採寸は身長と体重のデータに加え、スマートフォンで身体を正面と側面から2枚写真を撮るだけでOK。オーダー後、最短3週間で工場から製品が届けられる。

「このサービスの特長は、第一はオンライン完結型であることです」と語る、株式会社 三越伊勢丹デジタル事業部の横山達也さん。オンラインでの服のオーダーサービスは珍しくないが、初回は店頭で採寸し、次回以降オンラインとなるものが多く、採寸から到着までオンラインのみで完結するサービスはまだ少ない。時間と場所を選ばずにオーダーできるのは大きなメリットだ。
「弊社が近年取り組んでいるオンラインの新規ビジネスは、店に足を運ぶ時間が取れない方、週末にも他の予定がある若い方など、百貨店をいつもはご利用いただいていない方々へも新しい顧客体験をご提供するのが一つの目的です」第二の特長は、クオリティー。デザインは有名シャツブランドのディレクターとして知られるファビオ・ボレッリ氏が監修し、縫製は老舗オーダーシャツ専門工場「フレックスジャパン」の長野本社工場が手がけている。しかし、クオリティーにこだわればこだわるほど、価格は上昇していく。その落としどころに苦心したと言う。
「このサービスのターゲットは伊勢丹メンズ館とは切り離して考えています。開発に当たっては、とにかくいいものを作って売ればいいという価値観から離れようと思いました」と語るのは、“イセメン”のバイヤー経験がある、同じくデジタル事業部の篠崎克志さん。デザイナーと相談しつつ、運針21針のステッチや貝ボタンなど、服を分かっている人が作ったというポイントはしっかり押さえながら、一方で高級シャツに見られるフラシ芯や手縫いのボタンホールなど、過剰と言えるようなものはカットした。
横山さんもこう語る。「このサービスを通じて、服選びに悩んでいる人を救いたい。そこで選びやすさを重視したインターフェースを心がけ、オプションの数も絞り込みました」
第三の特長は、最も苦労した部分だという自動採寸。中国・深圳のTOZI社が開発したAI採寸技術「1 measure(ワン・メジャー)」をベースに作りあげた独自のフィッティングシステムだ。「ワン・メジャーは優れた技術ですが、そのままでは精度が足りない。服のフィッティングを行うには、押さえるべき採寸のポイントがあり、ヌード寸から服のサイズに落とし込むノウハウが必要なんです。その調整のために何度も深圳とやりとりしました。その結果、満足いくレベルの精度に仕上がりましたが、まだ完成とは思っていません。これからもアップデートは続けていくつもりです」と篠崎さんは語る。
ノウハウを反映するために生かされたのは、三越伊勢丹の過去15年間、約20万件にも及ぶオーダーデータ。

「データを分析するとともに、店頭のスタイリストにもチェックしてもらいながら数値化していきました。感性と科学をつなげるような作業で、これを行ったことがこのシステムの大きなポイントだと思います」三越伊勢丹では、オンラインサービス化を見越して数年前からタブレットを接客に活用していたため、その分のデータはスムーズに移行できたが、それ以前の紙データは当然デジタル化のための入力作業が必要だ。「その際に感じたのは、百貨店のオーダーのすごさ。お客さまのご要望はどんなことでも可能な限り承るので、イレギュラーなデータが多すぎて大変でした」。また精度をチェックするため、三越伊勢丹の社員約150人にスマートフォンで写真を撮ってもらってテストしたそうだ。
サービス開始後の反応は上々で、オーダー件数はおおむね予定通りに推移していると言う。「これまではテストトライ的な位置づけでしたが、4月からはオーダースーツも販売し、その時点でより積極的にPR展開します。オンラインサービスは三越伊勢丹の入口的な存在。ここから入っていただいて、もっと細かくカスタマイズしたくなったら店頭に来ていただく。そうしてオンラインと店舗をシームレスに行き来していただけるようにすることが目標です」と横山さんは語る。スーツはデザイナーに大手メゾンのスーツ縫製を手がけているイタリアのエンリコ・ボナッツォーリ氏を起用。「“モダン”をキーワードに、日本人が考える格好いいスーツ像をイメージして作りました」と語る篠崎さん。誰でも気軽に三越伊勢丹ならではの高品質な紳士服をオーダーできるこのサービスの今後に期待したい。
※ 情報は取材時点のものです。
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