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ふじきみつ彦が語る「ばけばけ」の執筆の舞台裏!“何も起こらない日常”の中にある優しさと変化2025/10/27 07:00

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主演の髙石あかり(小泉セツ役)/連続テレビ小説「ばけばけ」ふじきみつ彦インタビュー

 NHK総合で放送中の連続テレビ小説「ばけばけ」(月~土曜午前8:00ほか)。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻・セツをモデルに、明治の松江を舞台に、外国人教師・ヘブン(トミー・バストウ)と、没落士族の娘・トキ(髙石あかり)が言葉や文化の壁を越えて絆を紡いでいく物語だ。

 脚本を手がけるのは、「阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし」(同系/21年)や「デザイナー 渋井直人の休日」(テレ東系/19年)などで知られるふじきみつ彦さん。日常の機微をユーモアと温かさで描く手腕が光る本作で、初の朝ドラに挑んでいる。

 脚本家として、どんな思いでこの長丁場の物語に臨んでいるのか。銀二郎という人物へのまなざし、子育てと両立する執筆ルーティン、そして作品に込めた思いまで。“ふじき流・朝ドラづくり”の舞台裏を聞いた。

セツの夫を演じるトミー・バストウ(ラフカディオ・ハーン/小泉八雲役)/連続テレビ小説「ばけばけ」ふじきみつ彦インタビュー

──本作は小泉セツとその夫のラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルにしています。どのように2人を描きたいと思われましたか。

「“偉人”としての小泉八雲夫妻を描く方法もあったと思うんです。でも『ばけばけ』では、作家ではなく『夫婦の日常』を描きたいと思いました。タイトルを聞くと、怪談ものかなと思われがちですが、実際は見ている方が想像するほどは出てきません。第5週からヘブンが出てきても、『あれ、怪談出てこないな』と思うかもしれません(笑)」

──初回の「丑の刻参り」の場面が印象的でした。驚いた視聴者も多かったと思います。反響はいかがでしたか?

「評判としては『面白かった』という声を聞いています。あのシーンはクランクインの本当に最初で、顔合わせの次の日でもありました。現場でリハーサルを見ていて、出演者の皆さんがあのトーンをしっかりつかんでくださっていたので、『いけるな』と手応えを感じました」

──第3週・第4週では、トキの最初の夫となる銀二郎(寛一郎)の存在が光りましたが、どんな思いで描かれたのでしょう。

「銀二郎は僕がとても好きな登場人物の一人です。史実では小泉セツさんの最初の結婚相手・前田為二さんが婿入りしてのちに出奔するのですが、資料には結婚生活の中身がほとんど書かれていない。史実どおりだと救いのない話になってしまうので、2人の間に“確かに流れていたはずの楽しい時間”を描きたいと思いました。寛一郎さん演じる銀二郎は愛情深く真面目で、しじみ汁の場面やお見合い後に寺へ行く場面など、トキが“自分の好きなものを一緒に好きになってくれる人”に出会えた喜びが丁寧に表れています。東京へ出てから夫婦らしい時間を過ごす場面がありますが、松江では家族や仕事に囲まれて2人だけの時間がなかった。史実上はヘブンと出会って別れていく運命でも、“お互い好きだったけれど別れてしまった”と描けたらと思い、そんな銀二郎を書きました」

──寛一郎さんの演技についてはどう感じられましたか。

「寛一郎さんはこの役の性格もあって、わりとポーカーフェイスなんです。感情をあまり表に出さないけど、ふと笑う瞬間が本当に魅力的で。どちらかというとセリフの抑揚をつけないところも好きで、ずっと見ていたいと思う、かなり好きなタイプの俳優さんで、銀二郎を演じてくださって本当にうれしいです。いなくなってしまうのが残念ですね」

子育てと執筆活動。限られた時間の中で生まれる集中力

──現在は、どのようなペースで脚本を執筆されているのでしょうか。

「まず分量の話からすると、今回は15分×全125回。これまで僕が書いた中で最長です。一番長かったのは夜ドラで、15分×32回くらい。それでも『長いな』と感じていたので、最初にお話をいただいた時は『これは大変なことになるぞ』と思いました(笑)。僕はもともと先を見通して書くのがあまり得意ではないタイプで、物語の終わりまで筋を立ててから書くというよりは、制作統括さんや演出さんたちと話し合いながら“書きながら見つけていく”方なんです。その分、筋道を固めるまでの時間がかかってしまい、書く前段の議論に多くの時間を割きます。でも、方向が決まってしまえば一気に書ける。そういう書き方ですね」

──そうした執筆スタイルの中で、1日のスケジュールはどのように組み立てているのでしょうか。

「まず朝4時に起きて6時まで集中して書く。そのあと子どもを起こして朝の準備、保育園に送り、朝の9時からまた夕方5時半まで執筆。夜は“お父さんタイム”で、夜の9時頃には一緒に寝て、また朝4時起き。間に合わない時は2時起きもあります(笑)。生活全体が朝~昼型になりました」

──環境の変化は、執筆や創作スタイルにどんな影響を与えていますか。

「朝ドラの脚本を書き始めたのは昨年からですが、子どもが生まれてからは生活がガラッと変わりました。今もまだ小さいんですが、以前とはまったく違う生活です。子どもが生まれる前は時間がとにかくたっぷりあって、夜中まで書いても平気だったし、土日もフルに使えて。僕は書くのが本当に好きなタイプなので、時間があればあるほど、うれしかったんです。でも、子どもが生まれてからはそうはいかない。ちょうどコロナ禍と重なって家に一緒にいる時間も増えたので、最初は『5分でもいいから隙間を見つけて書こう』としていました。でもそれが半年ほど続いた頃に、『これはもう割り切らないと逆に書けないな』と思ったんです。子どもが起きている時間は絶対に子どもと過ごす。仕事はしない。書くのは子どもが寝ている時間か保育園に行っている時間だけにしました」

──その「割り切り」を経て、具体的に生活リズムや執筆スタイルはどのように変わりましたか。

「そう決めてからは短い時間に集中できるようになって、むしろ気持ちが楽になったんです。ただ、そのスタイルのまま朝ドラという長丁場に臨んでいるので、スケジュール的にはやっぱり大変です。大阪で打ち合わせがある時も基本は日帰り。家庭を優先してしまっている部分もあるので、そこは少し申し訳ないなと思いながら書いています」

──とても現代的な働き方のように感じます。ご自身ではどのように捉えていますか。

「流れに逆らわず、状況を受け入れるタイプなんだと思います。環境が変わったら『もうこうなったんだから、こっちに流されよう』と切り替える。子どもが生まれて最初の半年は本当に苦しかったですが、結局は自分が変わらないとどうにもならない。時間は半分になっても、やればできるもんだなと思えるようになりました。結果的に、今のペースが自分に合っていると感じています」

──その“状況を受け入れる”という感覚は、「ばけばけ」のテーマにも重なりますね。

「自分でも理由はよく分からないんですが、僕は人の考えをわりとすぐ受け止めてしまう。『いや、僕はこうだから』と突っぱねるような頑固さがあまりなくて(笑)。唯一こだわりがあるとすれば、セリフのニュアンスや語尾ですね。そこだけは『ここは変えないでほしい』と思う。でもそれ以外は、たとえば制作上の都合で『構成を少し変えてください』と言われても、『そう言うということは、何か理由があるんだろう』と考えて、もっと面白くできる方法を探すようにしています。『いや、絶対こうした方がいい』と主張して争うよりも、同じ時間を使うなら新しい面白さを見つけたい。単純に、争いごとが得意じゃないんですよね」

岡部たかしと“当て書き”が生んだ松野家の空気

松野司之介役の岡部たかし/連続テレビ小説「ばけばけ」ふじきみつ彦インタビュー

──トキの父親・松野司之介を演じる岡部たかしさんとは、長いお付き合いがあるそうですね。今回、朝ドラで再びご一緒されてみていかがでしたか。

「そうですね、妙な言い方かもしれませんが、もしこれが岡部たかしの“初・朝ドラ”だったら、もっと自分の中で盛り上がっていたかもしれません(笑)。でもその前に『虎に翼』(24年)や『ブギウギ』(23年)などで印象的な役を演じていて、もう立派な“朝ドラ常連”なんですよね。もともと岡部とは、彼がまだバイトをしていた時代からの付き合いで、もう17~8年くらいになります。だから、バイトしてた岡部が今や朝ドラで司之助を演じているのを見て、『おー!』って思う反面、『あ、また出ているな』みたいな感覚もあって(笑)。『情熱大陸』とかに出たりして、一回“売れ終わった”くらいのタイミングでこの仕事を見ているので、感慨という意味では落ち着いているんです。

と言いながらも、もちろんすごくうれしいですよ。ずっと一緒に演劇をやってきた仲ですし、実は最初は『虎に翼』にも出ていたし、今回は難しいかなと思っていたんです。ところが制作統括さんや演出の方から『松野家に、ふじきさんのことをよく知っている人を1人入れませんか。その方が書きやすくないですか』と提案をいただいて。それで『岡部さん、どうですか』という話になって、出演が決まりました。結果として、それは本当に大きかったです。彼がいることで松野家の空気が柔らかくなったし、筆も進みやすい。完全に“当て書き”ができるので、脚本的にも助かっています」

──司之介という人物像をどのように設計したのでしょう。

「武士の家の出で、義父である松野勘右衛門(小日向文世)の存在が強烈。だから家の中では一歩引いた立場になってしまう。頑張ってはいるけど家に迷惑をかけてしまう人。ちょっと無神経で、悪気なく失礼なことを言ってしまうタイプです。昔から岡部には“いい人だけど失礼な人”をよくお願いしていて(笑)、司之介もその延長線上にあります。でもそういう人間の小さな行動が、悲喜こもごもを生んでいく。そういう人を描くのが好きなんです」

──司之介や勘右衛門など、価値観の違いを象徴する人物が多いですね。

「それぞれが自分の生き方を貫いているんですよ。本人たちは悪いと思っていないし、それが正しいと信じている。でも現代の視点で見ると、『それはちょっと違うんじゃない?』と思われてしまうこともある。つまり、価値観の違いなんですよね。そういう違いがあっても、みんな真面目に生きている。その姿を、岡部さんをはじめキャストの皆さんがしっかり演じてくれているなと思っています。それぞれが“自分の生き方を変えられない”中で、少しずつ歩み寄っていく。『ばけばけ』という物語自体が、そうした変化と共存の物語でもあると思います」

“地球は一つ”ヘブンとトキが紡ぐ共生のメッセージ

作中場面からトミー・バストウと吉沢亮/連続テレビ小説「ばけばけ」ふじきみつ彦インタビュー

──今年は戦後80年の節目の年にあたります。「ばけばけ」には、平和や共に生きるといったテーマも通底しているように感じます。執筆の中で、そうした点はどのように意識されていますか。

「裏テーマとしてあると言われれば、確かにそうかもしれません。ただ僕自身はまず、ヘブンとトキが出会い、共に生きていくまでを丁寧に描きたいと思っています。最初はお互いが怖い存在でありながらも、理解しようと歩み寄っていく。そこにこの物語の本質があると思うんです。自分の正義を押しつけず、心を開いて相手を知ろうとする。違いを怖がらず受け入れる姿を通して、今の時代にも通じる共に生きる感覚を伝えられたらと思っています。平和や戦後80年という言葉を特別に意識しているわけではありませんが、異なる価値観の中で歩み寄ろうとする姿が、結果として、平和を象徴する物語になればうれしい。ざっくり言えば、“地球は一つ”という思いなんですよね」

──まさにその歩み寄りの姿勢こそが、今の時代における平和のメッセージでもありますね。

「朝8時台の放送ですが、その前のニュースでは戦争や紛争の報道も多い。そうした現実の延長線上で『ばけばけ』が始まることに意味があると思っています。意識して平和を訴えているわけではありませんが、見た方が自然と穏やかに共に生きることを感じ取ってくださるなら、それが一番うれしいです」

──朝ドラらしい“食のシーン”として、トキがしじみ汁を美味しそうに口にする場面が目を引きました。

「しじみ汁にはすごく思い入れがあります。僕は松江生まれなんです。母方の実家が松江にあって、子どもの頃は年に何度も帰っていました。松江では本当に朝にしじみ汁が出るんですよ。出ない日は夜(笑)。貝殻を庭にまくのも当たり前で、僕にとって“松江の朝”といえばしじみ汁なんです。だから松江を舞台に描くなら自然に登場するもので、逆に外す方が不自然でした。リサーチでも『昔から松江では普通に出ていた』と聞いたので、しっかりと書きました」

──先ほど、「書きながら展開を見つけていくタイプ」とおっしゃっていましたが、最終回については現時点でどのように思い描かれていますか。

「『こんなシーンで終わりたい』という具体的なイメージは、まだ正直、考えられていないんです。ただ、『最後の週はこんな雰囲気になるだろうな』という大まかな感覚はあります。もちろん史実があるので、突飛な方向へ行くことはありません。でも、やっぱり僕は、書きながら生まれてくるタイプなんですよね。最終回も、事前にすべてを固めておくというより、書いていく中で自然に浮かび上がるものになると思います。今、第22週まで書いてきましたが、そのすべてが『書きながら形を見つけてきた』プロセス。だから、最終回もきっと同じです。現時点では、ぼんやりと『こんな週になるだろうな』という程度のイメージしかありません」

作中場面からセツとラフカディオ・ハーン/連続テレビ小説「ばけばけ」ふじきみつ彦インタビュー

──第5週では、トキが銀二郎と別れて4年、しじみ売りで生計を立てる日々の中で、松江にやって来た外国人・ヘブンと出会います。いよいよ物語が大きく動き出します。

「これまで第1~4週までは長屋を中心に描いてきましたが、5週からは舞台が一気に広がり、松江のさまざまな場所が登場します。ヘブンがやって来ることで物語が大きく動き出し、彼がいろいろ引っかき回してくれるので(笑)、その化学反応を楽しんでいただけたらと思います。ヘブンとの出会いをきっかけに、トキだけでなく旅館や松江の人々も少しずつ変わっていきます。登場人物も増えて、世界がより立体的になっていきますので、ぜひ楽しみにしていてください」

──第5週以降は物語のトーンも変わっていくのでしょうか。

「第4週までは、トキの生い立ちからヘブンと出会うまでの道のりを丁寧に描く必要がありました。『何も起こらない日常』を描きたい気持ちもあったんですが、その時期はどうしても波乱が多く、さまざまな出来事を避けて通れなかったんです。物語としても、2人が出会うまでの人生をきちんと描くことが欠かせなかったので、自然と激しい展開が続きました。ただ、第5週以降は少しずつ日常に近づいていくと思います。“光でも影でもない部分”に焦点を当てながら、何げない時間の中にある人の優しさやおかしさを描けるようになっていくはずです。これまでの4週も決してそうでなかったわけではありませんが、隙を見つけては、そんな“どうでもいい日常の一コマ”をできるだけ多く書こうとしています」

【プロフィール】

連続テレビ小説「ばけばけ」の脚本を担当したふじきみつ彦さん

ふじきみつ彦(ふじき みつひこ)
1974年12月19日生まれ。神奈川県出身。「世にも奇妙な物語」21世紀 21年目の特別編(2011年/フジテレビ系)で脚本デビュー。主な作品は、「みいつけた!」(09年~/NHK Eテレ)、ドラマ「バイプレイヤーズ」シリーズ(17年~/テレ東系)、「阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし」(21年/NHK総合)、映画「子供はわかってあげない」(21年)など。

【番組情報】
連続テレビ小説「ばけばけ」
NHK総合
月~土曜 午前8:00~8:15 ※土曜は1週間の振り返り
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
月~金曜 午前7:30~7:45

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