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「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年2025/09/12 08:15

「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年

 NHK総合ほかで放送中の連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜午前8:00ほか)で、主人公・のぶ(今田美桜)の夫・柳井嵩を演じる北村匠海さんに、前後編にわたってインタビュー。

 前編では、第120回放送でついに「アンパンマン」を描き上げた嵩役への向き合い方や、1年間に及ぶ長期撮影を通して築いた今田をはじめとする共演者との関係性、さらに幼少期から続けてきた絵画への取り組みが役作りにどう生きたのかを語ってもらった。

 後編では、戦争を描く重厚なシーンから日常のコミカルなやり取りまで幅広い表現に挑んだ北村が、嵩役から受けた影響やDISH//としての音楽活動への刺激、そして1年間を通して感じた作品への思いを深く掘り下げる。さらに、Mrs. GREEN APPLE大森元貴との共演エピソードや、やなせたかしさんとの価値観の共通点、そしてエンタメ業界の未来に向けて伝えたいことまで。北村の言葉からは、柳井嵩という人物への深い理解と、この作品が与えた大きな影響が鮮やかに感じられた。

──戦争のシリアスな場面から日常のコミカルなやりとりまで、幅広い表現が求められました。

「戦争パートの頃はまだ先の展開が見えていなかったので、“やなせさん的なチャーミングさ”をどうやってここから作ればいいのか分からず、かなり重く作ってしまった感覚があります。やはり戦争を経験した人の感覚や表情、たたずまいは必ず残さなければと思っていたので、そのバランスが難しかったですね。岩男役の濱尾(ノリタカ)くんの友人から『本当に戦争を経験した人の背中のようで胸が打たれた』と言っていただき、それは救いでしたが、その一方で“嵩のチャーミングさ”をどう表現するかは悩み続けました。脚本が進むにつれ、柳井嵩としての個性がより明確になり、ぶれない人物像があるからこそ、思い切って弾けても成立する、と確信できるようになりました」

──第102回での、登美子(松嶋菜々子)の発言にお茶を吹き出すシーンも話題になりましたね。

「正直、あれは得意なんです(笑)。血を吹き出すのも得意で、一時期“血しぶきの天才”と呼ばれていました(笑)。映画『東京リベンジャーズ』で血しぶきのシーンが多かったこともあって、『ちょっとリベンジャーズやります』と言いながら吹き出しました」

「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年

──特に演じやすかったシーンはありましたか。

「一番やりやすかったのは、いせたくや役のもっくん(大森元貴)とのシーンです。元貴くん自身がとてもポップな人で、芝居も感覚のすべてが天性。そのやりとりはエチュードのように自然に生まれていきました。僕は普段、脚本に書かれた『……』や句読点まで意識して演じるのですが、彼との現場ではそれをすべてひっくり返し、その場のセッションだけで形にしていく。結果として、意外なほど“嵩らしい”ポップな瞬間がたくさん生まれたと思います。感覚的な芝居でありながら、きちんと考え抜かれた裏付けもある。その芝居は、まるで楽譜のように精密だと感じています」

──大森元貴さんとの共演は、音楽活動にも刺激になりましたか。

「もっくんは初めて“仲間を見つけた”感覚がありました。僕からするとMrs. GREEN APPLEは遠い存在ですが、もっくんは同じ目線で言葉をかけてくれる。こういう関係は探して見つかるものではなく、同じ感覚を共有できる人とはなかなか出会えません。僕が肩を落としている時、隣でもっくんも同じように肩を落としている。それが日々の支えになっていました。彼には音楽はもちろん、役者も続けてほしいし、その才能には嫉妬もします。尊敬できる仲間であり、音楽の現場でまた出会えるように僕も頑張りたい。役者として再び現場で出会い直せる日が数年後に訪れたらうれしいですね」

──演じた柳井嵩は作詞家としての一面もありました。演技を通じて、北村さんご自身のDISH//としての歌手活動や音楽活動に影響はありましたか。

「やなせさんには、『アンパンマンのマーチ』の先行版ともいえる歌詞が残っていて、それを見た時、自分の価値観や哲学と、本当に近いものを感じました。やなせさんは『アンパンマンのマーチ』を執筆しましたが、“子ども向けではない”との理由で何度も歌詞の修正を求められたそうです。そのオリジナルには命に関するフレーズが数多く盛り込まれていましたが、結果的に却下された。僕も歌詞を書く際、“暗すぎる”と言われることがありますが、やなせさんの歌詞に触れて、光と影の両方を描くことの意味をあらためて感じました。影の部分をきちんと表現してこそ、本当のポジティブさは伝わる。その思いをより強く持つようになりました」

「天国のやなせさんが“それでいいんだよ”と肯定してくださっているような感覚があります。おこがましいかもしれませんが、やなせさんの言葉に僕自身も救われながら、まるで直接そう言われているように感じるんです。今回の作品を通じて、『自分の感覚は間違っていない』と背中を押してくれるような言葉を、たくさんいただけたと思います」

「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年

──1年間、嵩役を演じたことで、ご自身に変化はありましたか。

「本当に、この1年は長かったでし、それだけ役と密接に日々を過ごしていました。1日の中で芝居をしている時間の方が長く、それが1年も続くと、嵩として話している方が自分にとって自然な状態になってくる。この感覚はこれまでになく、以前はどこかドライに現場を俯瞰(ふかん)し、役を客観的に捉えていましたが、今回はどうしても主観的になる瞬間が多かった。その中で良いシーンが生まれるという成功体験もあり、非常に有意義でぜいたくな1年間でした」

──役から影響を受けた部分はありますか。

「……めっちゃ落ち込むようになりました(笑)。長い間、落ち込むこと自体あまりなかったのですが、嵩を演じてからはそういう時間が増えました。それほど自分に影響を与えているのだと思います。落ち込んだ時は、やなせたかしさんのことを思い浮かべるようにしていました。本当に明るい方なので、そのエネルギーをもらって柳井嵩に臨む、という日々のルーティンがありました。振り返れば、学生時代も基本的にネガティブな人間だったので、その頃の感覚に戻ったのかもしれません(笑)」

──今回の現場では、初めて共演する方との出会いに加え、過去に一緒に仕事をした方と再び顔を合わせる“出会い直す”機会も多かったそうですね。

「下は子役から上は60代・70代まで、幅広い世代の方と芝居できる機会はなかなかありません。そして今回の現場では、この“出会い直し”が本当に多かった。妻夫木さんをはじめ、いろんな方と再会を重ねました。極め付きは、劇中のアンパンマンのミュージカル舞台で、自分を投影した『ヤルセ・ナカス』を演じてくれた西山潤くんです。彼とは小学生の頃、同じ作品に出演した仲です。そんな彼が多忙の中、この役を引き受けてくれたことは本当に感慨深い。しかも前も2人が入れ替わる役だったので、運命的なものを感じました。主題歌のRADWIMPSさんも同じです。2010年、僕が出演した『携帯電話』のミュージックビデオで出会い、子どもの頃からの関係が今回やっと形になった。今田さんとも何度も共演を重ね、今回に至ります。そんな“あの時以来ですね”という再会が、この作品では数え切れないほどありました。役者人生20周年を迎える僕にとっては、まさに総決算のような作品です」

──あらためて、1年間演じてきた嵩という人物をどう捉えていますか。

「嵩は、この作品に出てくださった誰一人欠けても成立しない存在です。やなせさんをモデルにした、ある意味での象徴であり、その言葉は登場人物全員にちりばめられている。だからこそ、『あんぱん』という作品そのものが、やなせたかしさんなんだという結論に行き着きました。嵩は基本的に“受け”の人間で、いろんな人の言葉を受け止め、それに応えてきた。その全員の思いがあって初めて、最後にのぶが僕の手を引き、ようやく『アンパンマン』というものが出来上がったのだと思います」

「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年

──やなせさんが生み出した「アンパンマン」は、今も子どもたちに愛され続けています。北村さん自身も表現者として、エンタメ業界の未来に向けて大切にしたい思いがあれば教えてください。

「今回、妻夫木さんなど世代の違う方々とあらためて共演し、日本のエンタメ業界の未来についても語り合いました。劇中では、「アンパンマン」は、2~4歳くらいの子どもには強く響くような描き方もされたりします。嵩のセリフにもある『彼らは純真無垢(むく)な魂を持った批評家だ』というのは、やなせさんの言葉でもあります。その普遍性は、見習うという言葉では足りないほど素晴らしい。『アンパンマン』の普遍性は唯一無二で、二度と同じものは生まれないと思います。その背景には戦争があり、それはこの作品で普遍的に伝えなければならないテーマでもありました」

──一方で、日常の温かさも大切なテーマでしたね。

「のぶや嵩が歩んできた道は、特別な出来事よりも、日々の小さな積み重ねでした。もちろんドラマですからさまざまな事件は起こりますが、僕らが日々感じていたのは『ご飯がおいしいね』と言い合えるような穏やかな毎日。その温かさを届けられただけでも、『あんぱん』には大きな意義があったと思います。戦後80年と言われる今でも、世界では悲しい出来事が起き続けています。戦争のメッセージは戦争パートが背負ってくれていますが、その軸にはやなせさんの言葉や『アンパンマン』があり、僕らは並行して“普通の毎日をどれだけ大切にできるか”を、のぶと嵩として日々かみしめていました。1年間ずっと一緒にいると話題も減って、役を離れた前室でも、会話は『今日何食べる?』といったたわいないやりとりばかり。けれど、そんな時間こそ大事だったと思います」

──やなせさんの言葉で、特に印象に残っているものはありますか。今回の撮影を締めくくるにあたり、その言葉が今の北村さんにとってどんな意味を持っているのか教えてください。

「『何のために生まれて、何をして生きるのか』。これは寛さん(柳井寛/竹野内豊)のセリフであり、やなせさんの言葉でもあります。僕はこの言葉を、撮影期間中ずっと自問自答してきました。それはエンタメ業界全体に課せられている問いのようにも思います。作品ごとに、自分は何を残し、何を伝えたいのか。この作品に選ばれた理由を自分の中で持ち続けなければ、時間は過ぎ、世の中は変わっていく。だからこそ、1日1日を役者としてどう向き合うのか? この言葉には、背中を押されると同時に、“しっかり向き合え”と突き付けられる感覚もありました」

「あんぱん」北村匠海インタビュー【後編】“何のために生まれて”に向き合った濃密な1年

【プロフィール】
北村匠海(きたむら たくみ)
1997年11月3日生まれ。東京都出身。俳優、アーティストとして活躍中。主な出演作はドラマ「名探偵ステイホームズ」(日本テレビ系/2022年)ドラマ「星降る夜に」(テレビ朝日系/23年)、「アンチヒーロー」(TBS系/24年)、映画「東京リベンジャーズ」、「悪い夏」など。10月24日には、主演を務める映画「愚か者の身分」の公開が控えている。

【番組情報】
連続テレビ小説「あんぱん」
NHK総合
月~土曜 午前8:00~8:15 ※土曜は1週間の振り返り
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
月~金曜 午前7:30~7:45

取材・文/斉藤和美



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