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「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月2025/12/12 18:00

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「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 横浜流星が主演を務めるNHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)。親なし、金なし、画才なし……“ないない尽くし”の生まれから、喜多川歌麿や葛飾北斎らの才能を見いだし、“江戸のメディア王”として名をはせた蔦屋重三郎(横浜)の生涯を描いてきた物語も、12月14日の放送で最終回を迎える。

 物語の中で、蔦重のそばで才能を発揮し続けてきたのが、天才絵師・喜多川歌麿(染谷将太)だ。幼い頃に鳥山石燕のもとで絵を学び、蔦重と出会ってからはしゃれ本や黄表紙、狂歌本など数多くの挿絵を担当しながら腕を磨いていく。寛政の改革を経て時代が大きく動く中、蔦重と仕掛けた浮世絵の美人画で才能を開花させ、江戸に新風を巻き起こしていった。

 そんな歌麿を、染谷はどう生きたのか。昨年末から約10か月に及ぶ濃密な収録を終え、「無事に演じ切れたことにホッとした」と語る彼に、役作りの原点から絵と向き合った日々、収録現場での心の揺れ、そして蔦重=横浜流星との関係性まで、“歌麿を生きた10か月”を詳しく聞いた。その内容を前編・後編の2本立てでお届けする。

絵を見ることから始まった、歌麿という人間

 今回の役作りは、台本よりも先に「絵」から始まった。

「最初に歌麿のお話をいただいた段階では、まだ台本がなかったんです。なので最初にできることは、歌麿の作品を見ることでした。絵ってやっぱり表現なので、その人となりが出るんじゃないかなと思っていて。作品を見るたびに、想像力をすごくかき立てられるんですよね」

 実際の作品に触れる中で、染谷は歌麿の絵に奥行きと、描かれた人物の内側にある感情を感じ取っていった。

「日本画なので二次元なのですが、とても奥行きを感じるんです。描かれている人物についても、『この人は何を考えているんだろう?』『どういう瞬間を切り取ったんだろう?』と、すごく想像させられる。『この女性は今ちょっと寂しいのかな』『うれしいのかな』とか。感情の部分まで想像させられる絵だったので、人の気持ちを自分の中に落とし込むことのできる、人を見る才能のある方なんじゃないかと、最初に思いました」

 人の気持ちを自分の気持ちのように考えられる人。その繊細さが、歌麿像の入口となった。

「なので、人の気持ちを自分の気持ちのように考えられる方というのは、とても繊細な方なんだろうなと想像して、最初の入り口はそこでした。その後、台本が上がってきて読み進めながら、絵の練習をしつつ、実際の作品も見つつ、歌麿をたくさん感じながら、想像を広げていきました」

筆はごまかせない。線1本に人が出るという実感

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 歌麿を演じる上で、まず大きな壁となったのが筆で描くという行為だった。劇中で描くシーンは吹き替えなしが原則で、有名な作品を実際に自分の手で描くというプレッシャーも大きかった。

「今回、絵師役の皆さんは全員ご自身で描かれていて、僕も分量が多かったですし、求められるレベルも高かったです。しかも歴史的に有名な絵が多い。そういう名画を大河ドラマの中で自分が描かせてもらうというのは、やっぱり緊張しましたね」

 収録前には、絵の担当チームとの打ち合わせと、練習用の課題が続いた。

「紙に描くべきモチーフが計算ドリルみたいに並んでいるプリントを、何十枚もいただいて。それを家に持ち帰って、ひたすら練習する感じでした。筆って本当に難しくて、少しでも手が震いだりブレたりすると全部線に出てしまうんです。体重のかけ方一つでも変わる。その状態でお芝居しながら描くのは、かなりハードルが高かったです。大変でしたね」

 これまでもアニメーターや漫画家など“描く仕事”を演じてきたが、日本画・浮世絵の筆はまったく勝手が違った。

「個人的に絵が得意と言えるほどではないんですが、描く役は結構あって。連続テレビ小説『なつぞら』(19年/NHK総合ほか)では動画を描くシーンで実際に描きましたし、映画『バクマン。』(15年)ではGペンを使って、あれも全員吹き替えなしで練習したんです。でも、日本画というか浮世絵の筆は、もう全然話が違いました。本当に。ごまかしがきかない。技術が全部あらわになるので結構しびれましたね」

 描く役の経験を重ねてきたからこそ、今回の歌麿では「天才をどう成立させるか」という課題もあった。自身も“天才像を託される役”が多いという自覚があ

「天才と名のつく役をいただくことは確かに多くて、今回も“天才絵師・歌麿です”と聞いた時は、『天才絵師かぁ……』と思いました(笑)。これまでは生まれ持った才能というニュアンスの役が多かったんですけど……」

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 その中で今回挑戦したのが、“成長していく天才”をどう表現するかだった。

「今回は、まだ何者でもない状態から“大先生”と呼ばれるまでに成長していく過程を演じられた。それが大きな挑戦で、その過程を丁寧に追わないと“大先生”に見えていかない。そこはとにかく努力しました」

 練習を重ねるうちに、「線一本にその日の自分が乗る」という実感も強まった。

「最初より確実に描けるようになりましたし、現場で褒めてもらえることも増えました。でも、そうなると求められるハードルもどんどん上がるんですよ。“もうちょっといけるんじゃないか”って(笑)。でも、難しい絵に挑むほど練習量が増えて、結果として歌麿と向き合う時間が増える。今思えば、それも役作りの一つでしたね」

 浮世絵は線の少なさゆえに、わずかな違いで表情が大きく変わる。

「流派があって、構図や描き方に決まりがある。歌麿は蔦重と組んで大首絵を生み出しましたけど、日本画らしい線の描き方はある程度決まっているんです。ただ、その決まりの中で、ほんの少し変わるだけで表情が全然変わる。同じ線を引いたつもりでも毎回違う顔になるんですよ」

 その“少なさ”こそが、日本画の奥深さでもあった。

「顔のパーツもすごく少ないし影もない。その少ない線で表情を作るのは、本当に難しくて奥深いと思いました。それだけ人が出る、繊細な表現方法なんだと実感しました」

 そして、日本画の線に宿る“その日の自分”という感覚は、俳優としての自分にも重なっていった。

「積み重ねてきたことや、その時の気分や感情が絵だと線にすごくのりやすい。お芝居も同じで、自分が何を見てきて、何を感じてきたかが表れやすい。それはすごく近いものを感じました」

蔦重と歌麿、一筋縄ではいかない距離感

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 数ある場面の中でも、染谷が特に強く記憶しているのが、少年・唐丸から捨吉へと受け継がれ、蔦重と初めて対面するシーンだ。歌麿の物語における転換点であると同時に、染谷にとっては“自分がこの世界に入っていく瞬間”でもあった。

「最初に、少年・唐丸から自分が演じる捨吉に変わって、蔦重と再会するところ。あそこは自分の中で『べらぼう』のスタートラインでもあったので、印象深かったです。歌麿と蔦重の微妙な関係性という、駆け引きのようなものもすごく細かく、たくさんの心のひだが隠れているシーンでもあったので……深く残っています」

 その“入口”を経て、歌麿としての方向性が一気につかめたという。

「蔦重兄さんと初めて、歌麿演じる染谷としては“初めて生で”なんですよね。それまでは合流前にオンエアを見ていただけなので、実際に対峙(たいじ)した時に、『なんとなく蔦重と歌麿の絶妙な距離感、一筋縄ではいかない関係性』が見えたといいますか。そこから、その“最初の気持ち”をすごく大事にしていました」

 蔦重と出会ったことで、歌麿は絵師として生きる場所を手に入れる。

「蔦重と出会わなければ、歌麿にもなっていませんし、絵師として生きていく場所を見つけたからこそ、歌麿は、人として生きていく力を身につけることができた。本当に、蔦重がいなかったら生きていけなかった。そんな存在だったと思いますね」

台本を読んだだけで涙がこぼれた、きよとの別れ

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 歌麿の人生を大きく変えた出来事の一つが、妻・きよ(藤間爽子)の別れだ。染谷にとっても大きな衝撃だった。

「シンプルに言うと、一番衝撃的でした。台本が来た段階で、普通にショックでした。『えっ……』って。亡くなること自体は知っていたんですけど、こういう形で亡くなるんだという衝撃と、その2人のシーンもすごく切なく描かれていたので。本当に、台本を読みながら少し涙がこぼれてしまうくらい、ショッキングでしたね」

 劇中で描かれる歌麿ときよの時間は多くない。しかし、限られた尺の中に、夫婦として積み重ねてきた日々と、そこに宿る温度がしっかりと刻まれていた。

「おきよさんのシーンって、実は亡くなるまでの尺が少ないんですよね。だからこそ、1シーン1シーンがすごく濃くて、2人の感情が明確に現れやすい作りになっていたと思います。幸せで楽しそうな時間から、だんだん苦しくなっていく……かいつまんだら短編作品になるような流れでした」

 きよを演じた藤間の芝居が、歌麿の感情をさらに引き出した。

「藤間さんもセリフがほとんどない中で、動きと表情で本当に感情豊かに表現されていたので、自分もものすごく心を動かされました。『おきよさん行かないで』というセリフは、もうそのまま“行かないで”という気持ちでしたね」

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 亡くなったことを認めきれず、きよの絵を描き続ける歌麿のもとに、蔦重が駆け付ける。2人のぶつかり合いのシーンも、綿密な話し合いを経て生まれた。

「あのシーンは流星くんとものすごく話し合いました。どう止めるか、どうぶつかるか、どう当たっていくか。蔦重としての気持ち、歌麿としての気持ちをお互いに共有してから臨みました。印象深いシーンです」

 きよの死の場面では、現場で予期せぬ出来事もあった。彼女が運び出されたあと、布団が上がると、畳には人の形をなぞるように体液の跡が残っていた。台本には書かれていない、その生々しい痕跡が染谷の胸を強く揺らした。

「段取りで布団が上がった瞬間に初めてそれが目に入って、『はぁ……』と思って。思わずすがってしまいました。スタッフさんの表現の力のおかげで、すごく壮絶なシーンになりました。アドリブ、というか、流れで自然とですね。人型があったので、思わずいってしまった。印象深かったです」

江戸の今を生きる感覚と、最終回への期待

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 今回描かれた江戸中期という時代について、染谷は「意外と今と近い時代だった」と話す。二百数十年前の出来事でありながら、日常の延長線上にある世界観に親しみを覚えたという。

 米騒動など、現代と通じる出来事も多く、「歴史は繰り返すんだな」と感じることも少なくなかった。自身の出身とも近い深川や日本橋といった舞台は、今も地続きの場所として実感しやすく、「今の東京のすぐ隣で起きている物語」のようにも感じられた。

 歌麿は江戸の町側の人間であり、江戸城の中の人々とはほとんど交わらない。その構図は、オンエアを見る時の視点にもつながっていた。

 途中からは、「もう別の作品が流れているみたいな感じで、視聴者として普通に楽しんでいた」と笑う。お城の中で起きていることをオンエアで見ながら、自分は撮影で日本橋の撮影セットに入っていく。その関係性が、「“社会の構造”を表しているようで面白い」と感じていた。

 そんな「べらぼう」も、残すは最終回のみ。最終回直前に向けて、染谷は視聴者へこうメッセージを送る。

「最終回のラストも本当にべらぼうらしい終わり方をしています。自分はまだ最終回を見られていないんですけれど、関わらせていただいた身としては、蔦重が面白いもの、人々に影響を与えるものを世にぶつけていく姿勢と、この大河ドラマ『べらぼう』が面白いものを人々の力になるように世間へぶつけていく姿勢が、すごくリンクして感じられました」

 そして、作品全体を振り返りながら、染谷はこんな“実感”も口にする。

「ちょっとメタファー的な気持ちにもなるといいますか……この大河ドラマ『べらぼう』そのものも、蔦重が作ったんじゃないかと思うくらいのたわけ感というか、面白みが最後まで詰まっているんじゃないかなと。ぜひ最終回まで楽しみにしていただけたらうれしいです」

「べらぼう」染谷将太「蔦重(横浜流星)がいなければ生きられなかった」天才・歌麿を生きた10か月

 14日最終回放送後に公開予定の後編では、蔦重のラストシーンやてい(橋本愛)への思い、そして歌麿と蔦重の関係の“着地”について、さらに深く語ってもらう。

【プロフィール】
染谷将太(そめたに しょうた)
1992年9月3日生まれ。東京都出身。映画「ヒミズ」(2011年)で第68回ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。以降、映画「寄生獣」(14年)、大河ドラマ「麒麟がくる」(20年/NHK総合ほか)に出演。近作は、映画「陰陽師0」(24年)、「聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメン VS 悪魔軍団~」(24年)、、映画「爆弾」(25年)など。本日・12月19日に映画「新解釈・幕末伝」が公開、2026年には1月1日に「教場 Reunion」(NETFLIX)、2月20日に映画「教場 Requiem」(2月)が控えている。

【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
※12月14日は15分拡大。

取材・文/斉藤和美

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