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蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編2025/12/07 20:45

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蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編

 横浜流星が主演を務めるNHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)。親なし、金なし、画才なし……ないない尽くしの生まれから、喜多川歌麿や葛飾北斎らの才能を見いだし、“江戸の出版王”として名を馳せた蔦屋重三郎(横浜)の生涯を描いてきた物語も、いよいよ最終回を残すのみとなった。

 第47回「饅頭(まんじゅう)こわい」では、一橋治済(生田斗真)と斎藤十郎兵衛の“まさかの一人二役”が明かされ、視聴者を大きくざわつかせた。美術史の世界では「東洲斎写楽=蜂須賀家お抱え能役者・斎藤十郎兵衛」が有力説とされているが、ドラマはその定説をどう解釈し、どこを大胆に飛躍させたのか?

 脚本の森下佳子さんと共に「べらぼう」の世界を築き上げてきた藤並英樹チーフ・プロデューサー(以下、藤並CP)に、第47回の舞台裏や、蔦屋と歌麿の関係性に込められた意図など、その制作背景を聞いた。

「写楽騒動」と“写楽=斎藤十郎兵衛”の描き方

 まずは、物語の大きな山場となった写楽騒動について。第45回では「写楽の正体は平賀源内が生きている証なのでは?」という仕掛けで江戸中が揺れ、第46回では蔦重と歌麿が“最後の花火”として写楽を打ち上げた。

「森下さんは以前から、『写楽が誰なのかよりも、“なぜ蔦重が写楽という仕掛けを生み出したのか”“どういう手段で成し遂げようとしたのか”を見てほしい』と話されていました」と藤並CP。

 写楽の正体探しそのものではなく、「蔦重と仲間たちが、最後に何を懸けて写楽という祭りを打ち上げたのか」。脚本の軸は、そこに置かれていたという。一方で、放送が進むにつれてSNSでは「写楽って斎藤十郎兵衛じゃない?」「ドラマではどう扱うの?」といった声も増えていった。

「森下さんは史実や資料を大切にされる方です。“写楽=斎藤十郎兵衛”という定説を無視するのではなく、どう解釈し、どんな形で物語に取り込むのか。そこも楽しんでいただけたら、という思いはありましたね」

生田斗真“一人二役”という「罰」が生まれるまで

 第47回の大仕掛けである「治済と斎藤十郎兵衛の一人二役」は、じつは企画当初から決まっていたものではなかった。藤並CPによると、治済が本格的に登場してきた頃、「とんでもなく魅力的で、どこか“憎らしい”キャラクターになってきたな」と感じ始めたという。そこからスタッフ内で「治済に何かしらの罰を与えたいよね」という話題が上がった。

「最初の頃は、史実では治済がその後も長く生きていく人物なので、どう描くか悩んでいました。ただ、森下さんと話す中で、歴史に名を残せなかったというのも一つの罰かもしれないよね、というアイデアが出てきたんです」

 そこで浮上したのが、「素性がよく分からない斎藤十郎兵衛」という存在だった。

「その“罰のトリック”として、十郎兵衛がうまく使えないか――と春先の段階で森下さんから提案がありました。そこで『それ面白そうですね。せっかくなので一人二役でお願いしましょうか』という流れになり、決まったんです。だから最初から確定していたわけではありません」

蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編

 この“仕掛け”を生田斗真に伝えた際の反応は、驚くほど早かったという。

「生田さんは『写楽って誰なんですか?』と聞かれ続けてきて、僕らも『まだ決まっていないんですよ』としか言えなかったんです。そこに『実は写楽=斎藤十郎兵衛で、一人二役をお願いしたくて…』と説明すると、『めっちゃ面白そうですね!』と楽しそうに受け止めてくださいました」

 劇中、市中に乞食(こじき)の格好をした治済が現れるシーンについても、興味深い視点を語る。

「市中に現れた乞食姿は、治済本人が民衆に火に油を注ぐために来たものなんです。ただ、それ以外の場面に出てくる生田さん演じる“あの人物”は果たして誰なのか。どちらなのか。その答え合わせも、いずれできたらと思っています」

 では、斎藤十郎兵衛というキャラクターはどのように生まれたのか。藤並CPは「ワキ方の能役者」という身分から着想したと語る。

「十郎兵衛は蜂須賀家お抱えの能役者ですが、“主役であるシテではなくワキ方”。つまり、決して主役にはなれない家に生まれた人。“生まれながらの身分”に縛られる感覚は、このドラマ全体の大きなテーマでもあります」

 雇われた能役者としての“縛り”がある一方で、「自分もどこかで何者かになれるのでは」というかすかな欲も抱いている。

「十郎兵衛は、非常にけなげで、どこか哀れで悲しい人。使命にも逆らえず、生まれにも逆らえない。その意味で、権力を駆使して世を動かそうとする治済とは真逆の存在です。だから生田さんには『治済とは真逆の人物として十郎兵衛を演じてください』とお願いしました。治済を演じる生田さんだからこそ、その“裏側”を一人二役で描けると面白いだろう、と」

 治済をめぐるシーンの中で、特に印象に残っているのが、第30回「人まね歌麿」で雨の中で踊り狂う姿だ。

「あのシーン、台本にはあそこまでの踊りは書かれていなかったんです。雨の中という設定はありましたが、あれほど踊るとは思っていなくて(笑)。演出と生田さんで話し合って足されたと聞きました。治済の“底知れなさ”や“狂気性”が強く伝わる場面になったと思います」

 “罰”としての一人二役と、雨の中で踊る治済のイメージ。その積み重ねが、ラスボスとしての治済像をより陰影豊かに立ち上げていった。

物語の柱となった蔦重×歌麿。2人の関係性の必然

蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編

 物語全体の大きな軸として、蔦重と喜多川歌麿(染谷将太)の関係性がある。この2人を“パートナー”として描く方向性は、比較的早い段階で固まっていた。

「企画初期には蔦屋重三郎と田沼意次の関係を軸にする案もありました。ただ、蔦重を描く上で欠かせないキーパーソンは歌麿。田沼意次(渡辺謙)は途中退場してしまいますが、歌麿とは最後まで相棒として描ける。そのイメージは当初から共有していました」

 とはいえ、最初から現在のような歌麿像が固まっていたわけではない。企画のごく初期段階では、染谷が演じているようなキャラクター性にはまだ到達していなかったという。

 転機となったのが、近世美術史考証を務める東京国立博物館・松嶋雅人氏の言葉だった。

「松嶋先生に、森下さんと一緒に蔦屋重三郎が手がけた作品などを拝見させていただいた際、『歌麿の絵には女性の気持ちが分かる人にしか描けない視点がある』『内面的に女性的な要素を持っていたのでは』とおっしゃったんです。その言葉を受けて森下さんが作品を見直す中で、現在のような歌麿像が立ち上がっていきました」

蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編
蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編

 さらに松嶋氏は、「実は写楽以上に歌麿の方が謎が多い」とも語っていた。生年も定かではなく、年齢も「蔦屋より一回り以上若い」という説から「ほぼ同世代」まで揺れがある。

「染谷さんが演じるという前提が、森下さんのインスピレーションを大きく広げてくれたと思います。ある意味では、蔦屋重三郎が“作り上げた最大の作品”が歌麿であってほしいという思いもありましたし、歌麿自身も蔦重に敬愛や反発を抱ける関係性にしたかった。そうして現在の2人の距離感に落ち着きました」

 歌麿の作家としての変遷が、ドラマのストーリーと密接に結び付いていた点も特徴だ。節目の作品が、そのままドラマの節目にもなっている。

「森下さんは蔦重の出版物や、当時の人物たちの残した資料をとても丁寧に読み込んでいます。戦国時代なら大きな“合戦”が物語の節目になりますが、今回は“合戦”の代わりに“作品”を物語のポイントに据える構成でした」

 制作側が作った年表も、史実の出来事ではなく“作品”を軸にしたものだった。

「僕らの年表も、『この年に歌麿の美人大首絵が発表された』『この年に山東京伝(古川雄大)の江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)』が出た』『この年に恋川春町(岡山天音)の廓費字尽(さとのばかむら・むだじづくし)が刊行された』というように、出版作品を基準に構成していました。だからこそ、それぞれの作品が物語の転換点になっていったのだと思いますね」

蔦重×歌麿と“写楽騒動”の舞台裏、生田斗真“一人二役”の誕生「べらぼう」藤並CPインタビュー前編

 後編では、1年間にわたって蔦重を生きた横浜の姿をはじめ、「オーミーを探せ」仕掛けの裏側、芸人キャスト起用の狙い、松平定信との“対になる”関係性まで、藤並CPに詳しく聞いていく。

【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45

取材・文/斉藤和美

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