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「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?2025/12/06

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「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 横浜流星が主演を務めるNHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)。親なし、金なし、画才なし…“ないない尽くし”の生まれから、喜多川歌麿や葛飾北斎らを見いだし、“江戸の出版王”として時代の寵児になった蔦屋重三郎(横浜)の生涯を、笑いと涙、そして謎たっぷりに描いてきた物語も、いよいよクライマックスに向かっている。

 11月30日放送の第46回「写楽」では、行き詰まる蔦重の前に、てい(橋本愛)の言葉に動かされた歌麿(染谷将太)が戻り、2人にしか生み出せない役者絵が完成。やがて“東洲斎写楽”の名は江戸中に広まり、城中をもざわつかせるほどの騒ぎとなった。

 脚本を手がけるのは、大河ドラマ「おんな城主 直虎」やドラマ10「大奥」などで知られる森下佳子さん。第46回放送を経て、“写楽”の正体をめぐる仕掛け、主演の横浜とともに形づくっていった蔦重像、物語を貫く「生と死」と“笑い”のテーマ、そして一年を通してミステリー色の濃い大河として立ち上がっていった過程について聞いた。

“写楽”は、蔦重たちが打ち上げる「最後の花火」

「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 第46回では、ついに“東洲斎写楽”が世に出た。写楽が誰か、という点は美術史の世界で一定の結論が出ているが、ドラマではあえて「複数人説」を採用し、喜多川歌麿(染谷)らが関わる形で描いた。

「写楽を“複数人説”で描こう、というのはかなり初期から決めていました。一応の決着がついていることは承知していましたが、絵をずらっと並べて見ると、どうしても複数人説のほうがしっくりくる気がして。というのも、写楽はごく短い期間に膨大な数の作品を出しているんですよね。それを一気に準備したと考えると、『本当に一人で可能だったのか?』という疑問がどうしても残る。また、第1期と第2期で画風ががらりと変わり、第2期以降は全身像になって顔を“コピペ”したような作り方をしている部分もある。『これは何人かで手分けしたのでは』と思った理由はそこにもあります。中心に歌麿を置こう、というのも初めから考えていたことでした。歌麿が写楽だという説もありましたしね」

 森下さんの中で、写楽は蔦重たちが積み上げてきたものの「行き着いた先」に位置づけられている。

「鈴木春信の錦絵から始まり、男か女かも分からないような人形的な美人画が、さまざまな絵師を経て変化していく。役者絵も恋川春町(岡山天音)が似顔絵的な方向に振っていったりと、リアリズムに寄っていく流れがある中で、歌麿は写生をしたのではないか、と言われている。当時の絵師は前にあった絵を写して勉強するのが基本で、本物を見て描く人は少なかった。歌麿の『画本虫撰』のように、実際に見て描いたとされる仕事はかなり画期的だったと思うんです」

 こうした“写生”への意識の高まりや、絵師たちが試みた新しい表現の積み重ねが、やがて大きなうねりとなって次の段階へ進んでいった、と推察する。

「歌麿の美人画は定型を保ちながらも、一人一人違う部分を描き分けていて、どんどんリアルに寄っていく。一方で北尾政演(山東京伝/古川雄大)が黄表紙『傾城買四十八手』で吉原の内幕をリアルに描いたりと、文章の世界でもリアリズムが前に出てくる。その流れの果てに写楽がある。私はそう捉えました。蔦重たちが最後に打ち上げる“花火”“祭り”の象徴が写楽なのだろうと。蔦重にとっては、乗りかかった船でもあるし、『最後に江戸を沸かせるための切り札』だったのではないでしょうか」

主演・横浜流星は「初めから最後まで“捨て身”」

「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 その“花火”を打ち上げる蔦重を体現したのが、主演の横浜流星だ。第1回から出ずっぱりでしゃべり続ける主人公をどう演じたのか。森下さんの印象は「初めから最後まで“捨て身”」だという。

「最初にお会いした時から、横浜さんには“捨て身”という印象がありました。自分をむき出しにして、丸ごと差し出すような芝居をする方で、それは最後まで変わらなかったですね。普段はそんなにおしゃべりな方ではないと思うので、あれだけ延々としゃべり続ける主人公を演じるのは相当な負担だったはずです。セリフの量も本当に多かったので、『これは大変だったろうな』と感じながら見ていました」

 演じる前後で印象が変わったかと尋ねると、「印象は変わらないですよ」と笑う。

「初めから“捨て身”で、最後までその姿勢は変わりませんでした。強いて言えば…何でしょうね、“求道者”という感じでしょうか。常に自分を削りながら役に向き合っていて、その在り方は最初から最後まで一貫していたと思います。だからこそ、あの“陽気”さえも求道するように突き詰めていったのかもしれません。本人がどう思っているかは分からないですけど(笑)」

 一方で、脚本自体を横浜に寄せていくことは、意識して避けていたという。

「こういう“求道者”のような人に対して、ご本人の印象に合わせて書くのは、逆に失礼だろうと思ったんです。だから役者さんに寄せるような書き方はあまりしませんでした。ただ、横浜さんからは時折ぽん、と質問が来るんですよ。『蔦重はなんで日本橋に行こうと思ったんでしょう。自分だったら行かない気がするんだよな』みたいな、ちょっとした疑問を投げかけてくる。そのたびに一緒に考えながら、『あ、なるほど。ここはもっと心の流れが通るように書かなきゃいけないな』と気付き、直したり整理したりしていました」

 横浜が役と向き合う姿勢は、やはり徹底していた。

「“心の動き”をとても大事にして演じる方なんだろうなと思います。外側から役を固めるのではなく、内側から積み上げていくような方法論を取られている印象で、その確認は折に触れてありました。ただ、陽気な江戸っ子を演じる場面では、本当に『そんな顔しなくてもいいのに』『そんなに(平賀)源内(安田顕)さんのまねまでしなくても…』と、テレビの前で思わず笑ってしまいました(笑)。それだけ細かい部分まで考えてくださっていたんだと思います」

“死”とミステリー、そして“笑い”としての蔦重

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 物語を振り返ると、蔦重の周囲には常に“死”がつきまとう。小田新之助(井之脇海)とうつせみ(小野花梨)、とよ坊、そして朝顔(愛希れいか)……。胸を締めつける最期が続くたび、SNSには「ひどい」「地獄過ぎる」などといった声も上がった。だが森下さんは、そんな反応に苦笑しつつ「怒る先は史実じゃないかな」とそっと心の中でツッコんでいるという。

「確かに、新之助とうつせみ、とよ坊、そして朝顔姉さんは、私が作って、私が殺した人物ですが、それ以外の人たちは史実で亡くなっているので、そこはどうしようもないところがあります。蔦重がどう捉えていたかというと、源内先生の時に感じたことが、ずっと続いていたのではないかと思います。だからこそ、立ち止まらずに本を作り、売り続けなければいけない、と」

 森下さんが強調したのは、史実が抱える“無数の死”という重みだ。ドラマの中に描かれた別れの数々は、フィクションではなく、当時の人々が生きた現実の延長線上にある。

「歴史って、無数の死の塊だと思うんです。でも、その死に具体的な姿かたちが与えられるのは、ごく一握り。新之助は『打ち壊しのリーダーがいたのではないか』という資料から発想したキャラクターで、最初から『この人物は死ぬ』と決めて描いています。愛されようが愛されまいが、死ぬ人なんです。ひどい言い方ですけど。飢饉(ききん)や天災のひどさも、言葉や“死体の山”としてだけ描いても、なかなか胸に響かない。知らない人だからだと思うんです。だから今回は、きちんと人生を描いた上で犠牲になってもらう。『ひどい』と怒ってもらうことも含めて、大事だと思って書きました。視聴者の方からは『鬼』と言われましたけど(笑)、『オリジナルキャラぐらいしか殺していないんだけどな…』と心の中で思っていました」

 膨大な登場人物と、江戸城と市中を行き来する二本立て構成。脚本執筆は、森下さんにとっても「尋常ではない」作業だった。

「登場人物の数が尋常じゃないので、キャラのストックがなくなるくらいで…。そこは監督や役者さんたちに助けていただいて、識別可能な個性を持つ人間たちを並べることができたと思います。もう一つは江戸城と市中の二本立て構成。この二つを行き来するスイッチングで、『しかし一方その頃』『同じ頃こちらでは』といった文脈の接続を全48話でずっとやり続けなければいけない。そのつながりを整えるのが、本当にしんどかったです。一つの舞台設定だけでは進まないドラマだったので」

「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 その構図の頂点に座るのが、“ラスボス”として描かれた一橋治済(生田斗真)だ。治済を黒幕的存在に据える構想は、当初から決まっていたという。

「その構想は初めからありました。ただ、『本当に祟られたらどうしよう』とは思っていました(笑)。治済が長くその地位にいたのは事実ですが、確かな証拠がほとんどない。もし『そんなことしていない』と言われたらどうしよう、と。ニュースを見ていると、“采配しているのは表に出てこない人物”という構造がよくありますよね。治済もまさにそういう存在として描きました。さらに、時代や国を問わず、権力者や影響力のある人が“子どもが多いこと”を力や繁栄の象徴として語る場面があります。藤原氏の時代から続く価値観で、いったん廃れたように見えても、形を変えて今も生きている。そうした背景も念頭に置いていました」

 一年を通して強く感じられたのが、“ミステリー仕立て”の大河という側面だ。源内の死体を見せず、墓だけを映した序盤から、後半では「生きていたかもしれない」という可能性まで提示する。手袋の謎も引っ張られた。意識的に狙ったのかと聞くと、「時代そのものがミステリーだった」と返ってくる。

「私が扱ったこの時代の史料というものが、そもそも“ミステリー仕立て”なんですよ。結局よく分からない、というものが本当に多い。たとえば家元の死、上様・家治の死についても、さまざまな文書や日記――市井の人の日記が残っている一方で、公式記録は全く別のことを言っていたり、また別の文書ではこう書かれていたり。結局『これは謎のままなんだな』ということがすごく多かった。資料が残っている時代だからこそ、余計に“分からなさ”が際立つんだと思います。そういうところを素直にドラマに反映していったら、自然とミステリー仕立てになった、という感じですね」

 「生きているかもしれない」「この人が殺したかもしない」。そんな可能性を考えながら書く作業は、「ワクワクと言うのはアレですけど(笑)、楽しみながら書いた」と振り返る。

心に残る25回と、春町の“想像を超えた”キャラクター造形

 数あるエピソードの中でも、「書いていて気持ちよかった」と語るのが、第25回「灰の雨降る日本橋」。浅間山の大噴火で日本橋に灰が降り積もるなか、通油町で懸命に灰をかき出す人々の姿が描かれた回だ。

「あの回は自分でもすごく好きな回です。みんなで盛り上がるというか、高揚感もあって。蔦重の良さ、彼を育んだ吉原という街の熱や懐の深さ、そして日本橋の品格も見えて、『蔦重のいいところが全部出ている』と強く感じました。書いていて気持ちのいい回でしたね」

 一方で、脚本段階から想像以上に“育った”と感じたキャラクターとして挙げたのが、戯作者、浮世絵師の恋川春町だ。演じる岡山の芝居に、森下さんは「本当に負けました」と笑う。

「口調などを“昔の映画”みたいなセリフ回しにしてきていて、それによって乾いたオタクっぽさみたいなのがすごく出ていた。でも春町先生って、とはいえ真面目なところもすごくあるから、『このまま行って大丈夫かな?』と初めは正直思ったんですよ。でも、本当に岡山天音さんに負けました。ふんどし踊りをした時、私はもう少しおどけて入ってくると思っていたんですけど、妙に真面目にやるんですよね、あれ。もうちょっと照れたりするのかなと思ったけど、『あ、根が武士だったらこうなるのか』と。私が想像していなかったけど納得できる、そんなシーンをたくさん出してくれました」

「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 春町の“豆腐の角に頭をぶつけて死ぬ”という、強烈な最期の場面も、試行錯誤の末に生まれている。

「あれは最初、ふんどし一丁で死ぬ予定だったんですよ。でも春町先生って、戯作者としての自分と武士としての自分、二つをしっかり持っている人で。ふんどしだけだと『武家の春町、どこ行った?』となることに気付いたんです。どうしようかとなった時に、藤並英樹チーフ・プロデューサーが『じゃあ豆腐の角に頭をぶつけたらいいんじゃないですか』と言って。それで、切腹で“武家の部分”を、豆腐の角で“戯作者の部分”を、というハイブリッドになりました」

 序盤から、容赦のない展開に振り回される視聴者の悲鳴がSNSに次々と上がり、その熱量の裏返しとも言える反応が目立った「べらぼう」。そんな声を、森下さんは「叱咤激励がゼロになったら、きっと死にたくなる」と笑いながら受け止めている。

「もちろん褒めてもらえたらうれしいですが、何より『見てもらえること』が大事なので、ありがたく受け止めています。ただ心の中では、冷静に『殺したのは私じゃない、史実だよ』とツッコんでいました(笑)」

 視聴者の考察に、脚本家の側が驚かされる場面もあった。「三浦黒幕説」「三浦スパイ説」は、その代表例だ。

「途中で一度“三浦スパイ説”まで出てきて、私はまったく考えていなかったので、視聴者の方の考察に本当にびっくりしました。『うわ、この手があったのか!』と感心したぐらいです。もう後戻りはできないんですけどね(笑)。視聴者の皆さんが真剣に作品を見て、いろんな角度から考察してくれているのを感じて、ただただすごいなと思いました。人って面白いし、こんなにも多様な考え方をするんだなと。視聴者の考察や反応から、人というものの面白さや奥深さをあらためて見せてもらった気がします」

 最後に、「べらぼう」を通じていちばん伝えたかったことを聞いた。

「蔦重は、黄表紙や錦絵を広め、流通網を整えて江戸から地方へと文化を届けた人。いろんな功績を残しましたが、突き詰めると“笑いを届けた人”だと思うんです。それはとても大事で、尊いことだったのではないでしょうか。今の世の中には、笑いが“不謹慎”とされる場面も多いですし、『本当は笑っていたいのに、笑ってはいけない気がする』と感じる瞬間は、誰の生活にもきっと何度もあると思います。そんな時代にあって、財産を召し上げられ、仲間を失いながらも、それでも“ふざけ切った”人がいた。それは本当にあっぱれで、一つの生き方だなと感じています」

「写楽は複数人だった?」脚本・森下佳子が仕掛けた大転換「べらぼう」“蔦重”横浜流星は求道者?

 笑いと死、江戸と現代、史実とフィクション。多層的な要素を軽やかに行き来しながら、“ふざけ切って”生きた一人の男の物語は、最終回へ向けていよいよ終盤戦に突入する。

【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45

取材・文/斉藤和美

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