意知の死に揺れる誰袖――福原遥が初大河「べらぼう」で魅せた感情の深み2025/08/03 20:45

NHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)で、吉原を代表する花魁・誰袖を演じる福原遥にインタビュー。
横浜流星が主演を務める「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」は、親なし、金なし、画才なし…ないない尽くしの生まれから、喜多川歌麿や葛飾北斎などを見いだし、“江戸の出版王”として時代の寵児(ちょうじ)になった“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜)の生涯を笑いと涙と謎に満ちた物語。脚本は、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(17年)、ドラマ10「大奥」(23年)など数多くのヒット作を手がけてきた森下佳子さんが担当している。
福原が演じる誰袖は、蔦重への思いから意知(宮沢氷魚)へのいちずな恋へと心を移し、幸せの絶頂から突然の別れまでを駆け抜ける吉原の花魁。第29回では、愛する人を喪った悲しみの中で、蔦重の支えによって少しずつ笑顔を取り戻していく姿が描かれた。
天真爛漫(らんまん)で無邪気な印象から、弱さを隠して懸命に生きる複雑な人物像へ。本作が大河ドラマ初出演となる福原は、所作や言葉の一つ一つに心を込め、誰袖の苦しみや変化を丁寧に表現してきた。時間をかけて向き合う中で見えてきた、誰袖という女性の“強さとかっこよさ”。福原が全身全霊で演じる、鮮やかな花魁の物語に迫る。
誰袖にとっての“光”だった蔦重と意知の存在

――第29回では、意知を失った誰袖が徐々に立ち直っていく過程が描かれましたが、この物語をどのような気持ちで演じられましたか?
「意知の死があまりにも衝撃的で、第29回の最後の最後まで、誰袖は現実として受け入れられないままだったのではないでしょうか。でも、蔦重がそばにいて助けてくれて、少しずつ光が見えてきて……『前に進んでもいいのかも』と、ようやく思えたのが第29回の終わりでした。それまではずっと、自分の殻に閉じこもったまま、受け止めきれずに過ごしていたんだと思います」
――意知の死から、葬列で石を投げられるシーンや、わら人形で呪いをかけるシーンなど、苦しい場面が続きましたね。
「本当に苦しかったです。自分もずっと、『意知さんのもとに行かなくちゃ』という気持ちでいました。もうそばに行けない状況も苦しくて…どうにかして意知のもとに、という気持ちでわら人形で呪っていましたし、でも自分ではそこに行けない。自ら命を絶つこともできない。その悔しさも大きくて、心も体もボロボロでした」
――そんな中で蔦重が「誰袖の笑顔を取り戻すことこそが自分の仇(かたき)討ちだ」と、黄表紙の本を作成します。彼のその思いを、どのように受け止めましたか?
「蔦重は小さい頃から、誰袖にとって“お兄ちゃん”のような、まるで身内と言ってもいいくらい、ずっとそばにいてくれた存在でした。たくさん助けられてきて……あの時も、どうにかして誰袖を救いたい、笑わせたいという思いが伝わってきたんです。誰袖が少しずつ笑顔を取り戻せたのは、蔦重がいてくれたからこそ。全部を知ってくれている蔦重だったから、ようやく心が和らいでいったのかなと感じました」

――誰袖は以前から「蔦重に身請けしてほしい」と言っていましたが、それは恋というより、「家族になりたい」という気持ちだったのでしょうか。
「そうですね。とにかく蔦重のことが大好きで、それは恋愛感情というより、もっと根本的な“好き”で。小さい頃からずっと『蔦重、蔦重』と、くっついて歩いていたくらい、それくらい大きな存在でした。本当に、蔦重がいなかったら誰袖は頑張れていなかったと思います」
――蔦重との関係の中で、特に印象に残っているシーンはありますか?
「最後の、“とびきり幸せになれよ”って言われるシーンですね。それまではずっと“誰袖花魁”と呼ばれていたのに、“かをり”って名前で呼んでくれて。桜の木の下で『幸せになれよ』と言ってくれたあの瞬間に、“誰袖の幸せ”を心から願ってくれているんだなって感じられて……すごく印象に残っています」
――横浜流星さんとの現場でのやりとりはいかがでしたか?
「横浜さんは絶対にお忙しいはずなのに、現場ではたくさん話しかけてくださって。私はずっと緊張しっぱなしで、所作や着物の着こなしなどで迷惑をかけてしまうことも多かったのですが、『全然大丈夫だから』って、何度も励ましてくださったんです。緊張で所作がうまくいかなくて、『もう一回お願いします』となることもあったんですが、そういう時も横浜さんが優しく声を掛けてくださって……。花魁としては柔らかく、ふわっとした立ち居振る舞いが求められるんですが、私はどうしても力が入ってしまって。そんな時にたくさん助けていただきました」

――意知との関係を演じる上では、特にどんなことを大切にされていたのでしょう。
「意知との時間は、本当に“幸せ”と思える場面ばかりでした。特に印象に残っているのは、第25回の膝枕のシーンですね。あの場面で初めて、意知の思いが伝わってきて、愛情のようなものを感じられて。とても温かくて、大切な時間でした。だからこそ、意知とのシーンは一つ一つ、すてきなものにしたいという思いでずっと臨んでいました。とにかく“幸せ”というか、2人が深い絆でつながっていることが伝わればいいなと意識していました」
――誰袖は意知に一目ぼれし、スパイのようなことまでして身請けされるきっかけを作るなど、大胆な行動にも出ますよね。そこまでひかれた理由を、どのように捉えていましたか?
「私自身も、誰袖は“一目ぼれ”だったと想像しています。初めて会った瞬間から『この人だ』『この人が好き』と自然に思えたんじゃないかなと。『一緒にいたい』『もっと知りたい』という気持ちが、彼女の中で真っすぐに芽生えた。小さい頃から“身請けされたい”と願っていましたが、誰袖は決して誰でもいいわけじゃなくて。自分の目でしっかり見て、『この人がいい』『この人が好き』と納得してからじゃないと、心を開かないタイプ。だからこそ、意知に対しては迷いなく真っすぐぶつかっていったんじゃないかなと思います」
――意知役の宮沢氷魚さんとの共演についてお聞かせください。
「以前ご一緒した時は(19年公開の映画『賭ケグルイ』)、あまりお話しする機会がないまま終わったのですが、今回はしっかりといろいろお話ができて。柔らかくて優しくて、穏やかな方なので、最初から緊張せずにいられました。お芝居のことも役のことも、いろいろ話し合いながら収録できて、ありがたかったです。収録前に特別な打ち合わせをしたわけではなかったのですが、収録しながら『ここ、こうした方がいいですかね?』と、お互いに声を掛け合って進めていきました。私は時代劇が初めてだったので、戸惑う場面も多くて、そういう部分も一緒に確認しながら演じられたのは心強かったです」

――第27回で、意知から「身請けする」と書かれた手紙を受け取るシーンでは、涙を流す場面も印象的でした。あの時の感情は、やはりうれしさからくるものだったのでしょうか?
「はい。意知は“身請けする”と口では言ってくれていたけれど、ずっと会えていなかった分、『本当にしてくれるのかな』という不安は常にあったと思います。でも、あの手紙をもらって、『こんなにも誰袖のことを考えてくれていたんだ』と一気に伝わってきて、とてもうれしかったです」
――誰袖と意知の結末は悲しいものでしたが、意知との出会いは、誰袖にとってどんな意味を持っていたと思いますか?
「幸せな時間でした。意知さんと過ごすことで、『こんなにも誰かを好きになれるんだ』と、思いがどんどん大きくなっていって。意知からも、たくさんの愛情を感じました。誰袖の人生の中で、一番幸せな時間だったんじゃないかな。亡くなった後も、誰袖にとっては、意知はずっとそばにいてくれる存在です。だからこそ、自分らしく、強くたくましく生きていこうと思えたのかもしれません」
「自分に花魁が務まるのか」不安からのスタート

――意知との出会いは、誰袖自身の内面にも大きな変化をもたらしたのですね。
「誰袖はこれまで、本当にたくさん苦しい思いをしてきました。『どうにかして生き抜かなきゃ』という気持ちで、賢さやしたたかさを身に付けながら、必死に頑張ってきた。でも、意知さんと出会って、こんなにも優しく包み込んでくれる人がいるんだと知って、初めて『自分も幸せになっていいんだ』『なれるかもしれない』と感じられたはず。そんなふうに、少しずつ変わっていけた時間だったと思います」
――今回、初めての時代劇で、誰袖という難役に挑まれました。どのような準備をされたのでしょうか?
「まずは、いろいろな作品を見て研究するところから始めました。それと、お稽古で特に教えていただいたのが、花魁特有の“軸をぶらさない動き”です。胸の位置を意識して、しなやかに、柔らかく見えるように、日常生活の中からその所作を意識して過ごしていました。花魁が登場する作品を中心に、体の使い方をインターネットやYouTubeでも調べて研究しました。でも実際にやってみるとすごく難しくて。自分では“こう動いているつもり”でも、映像で見ると全然しなやかに見えていなかったりして…。そういう部分ではかなり苦戦しましたが、たくさん先生に教えていただきながら、収録中もギリギリまで練習を重ねて臨みました」
――具体的にはどんな練習をされていたんですか?
「歩き方はもちろん、しゃがみ方や立ち方、話す時の体の使い方まで、できるだけ日常の中で意識していました。それから、実際に使っていたキセルもお借りして、自宅でも持ち方の練習をしていましたし、花魁道中で履く下駄も持ち帰らせていただいて、動きを何度も確認しました」
――福原さんのこれまでのイメージとは異なる、情念や強さ、したたかさを持つ誰袖役。そんな難役に挑む中で、悩んだことも多かったのではないでしょうか。
「最初は、『自分に花魁役が務まるのかな』という不安が大きくて、ずっと緊張していました。でも、所作の先生から『ほんの少し首をかしげるだけ』とか『胸を少し前に出すだけ』で見え方がまったく変わると教えていただいて。そういう細かな動きの積み重ねで、少しずつ色っぽさや花魁らしさを表現していけたらと取り組んでいました。セリフのテンポや間の取り方についても、演出の方や共演者の皆さんからいろいろとアドバイスをいただきながら、『ゆったり話すことでミステリアスに見えるのかな?』など、試行錯誤しながら演じていました」
――“したたかさ”という面では、特にどのようなことを意識して演じられていましたか?
「誰袖の行動一つ一つには、すべてにちゃんと意味があると推測していたので、『なぜこのセリフを言うのか』『なぜこう動くのか』を台本を読みながら丁寧に考えていきました。例えば『何を考えているんだろう?』『何かたくらんでいるのかな?』と思ってもらえるように、話し方や視線の向け方、表情の見せ方も意識していました。森下さんの脚本には、『この時はこういう目線』『こういう表情』といった細かなト書きも多くて、そうした指示を読み込みながら、“したたかさ”や“裏にある思惑”をどうにじませていくかを、毎回工夫していました」

――誰袖という役柄を通して、ご自身との共通点は感じましたか?
「うーん…『ここが似ている』というのは、あまりなかったかもしれません。演じながらずっと、『なんてかっこいい女性なんだろう』と思っていました。信じた道を迷わず進むたくましさがあって、かっこいい。でもその中に、ピュアでかわいらしい部分もたくさんあって。演じていて、愛情が湧いてくる魅力的な女性でした。自分も、こんなふうにかっこいい女性になれたらいいなと感じていました」
――演じていて、「かっこいい」と感じた誰袖の一面には、どんなところがありましたか?
「たくさんありますが、まずはその“生き方”ですね。天真爛漫に真っすぐ進み、笑顔を絶やさず、弱さを見せないその姿がかっこよくて。でも、その裏にはきっとたくさんの苦労があるんだろうなと。だからこそ、賢さや計算も持ち合わせていて、たくましいなと思いました。意知に対しても、何度アタックしても返ってこなくても、あきらめずに思いを届け続ける。その真っすぐさも、すごくかっこよかったです。『責だけは果たしておくんなし』というセリフにも、彼女らしさが詰まっていて、心を打たれました」
――誰袖は愛情深くも、感情の起伏が激しい女性として描かれています。演じる上で、その複雑な内面にどうアプローチされたのでしょうか。
「誰袖は感情の起伏が激しくて、次に何をするか分からない女性なんです。例えば、第25回では、意知に嫉妬して屋根から飛び降りてしまうような、思いきった行動をとったりして。私自身も『えっ、そんなことするの?』と驚くことばかりで、演じながらも必死に食らい付いていくような感じでした。『こういう感じかな?』と手探りしながら、“周りが見えなくなるくらい感情的な女性”というイメージで向き合っていました。私とは性格が真逆なので、最初は戸惑うこともありましたが、だからこそ理解しようと精いっぱい向き合いました」
――森下さんの脚本を読まれて、どんな印象を持たれましたか?
「まず、森下さんの作品に出演できたことが何よりうれしかったです。これまでもたくさんの作品を拝見してきて、登場人物ひとりひとりに対する深い愛情を感じていたので、今回、誰袖という役をいただいて、その愛をひしひしと感じながら演じていました。最初に思い描いていた誰袖像と、脚本を読み進める中で見えてくる新たな一面が、毎回少しずつ違っていて。演じながらどんどん『この女性、すてきだな』『かわいいな』『かっこいいな』って思うようになって、ますます愛情が深まっていきました。こんな魅力的な女性を演じさせていただけて幸せでした」

――セリフの中で、特に印象に残っているものはありますか?
「『んふ』っていうセリフですね。あの一言に、誰袖の小悪魔っぽさやピュアさ、無邪気さ、そういう全部が詰まっている気がして。だからこそ、どう言おうかなとすごく考えましたし、演じていて楽しかったです」
――初めての大河ドラマ、そして花魁という難役に全身全霊で挑まれた今回の経験は、福原さんにとってどんな意味を持ちましたか?
「すべてが学びでしたし、それと同時に、自分の力不足も痛感しました。誰袖というすてきな役をいただけたことが、本当にうれしかったですし、一生の思い出になりました。時代劇は元々挑戦してみたいと思っていたので、今回が初めての機会で、分からないことだらけでしたが、毎日いろんな方に教えていただきながら、たくさん学ばせてもらいました。今は収録も終わっていますが、お稽古なども引き続き続けて、もっともっと勉強して、自分の力を高めていきたいと思っています。そしてまた、大河ドラマの現場に戻ってこられるよう、しっかりと成長を続けていきたいと思います」

【プロフィール】
福原遥(ふくはら はるか)
1998年8月28日生まれ。埼玉出身。2009~13年に子ども向け料理番組「クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」(NHK Eテレ)で注目を浴びる。2022年に連続テレビ小説「舞いあがれ!」(NHK総合ほか)でヒロイン・岩倉舞を演じる。現在、フジテレビ系で放送中の「明日はもっと、いい日になる」では、主人公・夏井翼を好演。26年に映画「正直不動産」の公開が控えている。
【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
取材・文/斉藤和美
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