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中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地2025/06/23 08:15

中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地

 現在放送中のNHK連続テレビ小説「あんぱん」(月~土曜午前8:00ほか)は、「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしさんと妻・暢をモデルに、主人公・朝田のぶ(今田美桜)が夫・柳井嵩(北村匠海)と共に数々の荒波を乗り越えていく物語。そんな作品の中で、のぶとお見合いをし、夫となる若松次郎を演じているのが中島歩だ。一等機関士として働く実直な青年・次郎は、のぶの心にそっと寄り添う存在。誠実で静かな愛情を体現する姿が、視聴者の心を捉えている。

 第61回(6月23日放送)では、戦後5か月を経て入院生活を送る次郎のもとに、のぶが見舞いに訪れる。努めて明るく振る舞っていたのぶだったが、「愛国教育は間違っていた」と涙ながらに教師を辞めたことを打ち明けると、次郎はその思いを静かに受け止める。未来への希望を語りながら、速記で言葉を記す次郎の姿に、のぶは不思議そうなまなざしを向ける──その直後、次郎は喀血(かっけつ)し、物語は新たな局面へと進んでいく。

 「心が震えていないと通じない本だった」と語る中島が、「花子とアン」以来、11年ぶりの朝ドラ出演への思いや、若松次郎という役への思い、そして戦時中の物語を演じる意義について語った。過去のトラウマと向き合い、11年の歳月を経て新たな境地に達した中島の、率直な想いに耳を傾けた。

――久しぶりの朝ドラ出演のオファーを受けた時の心境をお聞かせください。

「うれしかったです、すごく。やはり朝ドラって大舞台なので、興奮しました。ただ、役を聞いた時は正直、『難しそうだな』と思いましたね。視聴者の方はのぶ(今田)と嵩(北村)の関係をずっと見守ってきているので。そんな中で、いきなり見合いをして結婚までするわけだから、『嫌われちゃったら嫌だな』と思いました」

――「花子とアン」も担当された柳川強監督とはどんなお話をされましたか?

「最初の打ち合わせで、『次郎という役を中島くんはどう思う?』と聞かれたんです。僕としては、『すごくいいことしか言わないから、逆にちょっと表面的に見えてしまって、リアリティーが伝わらないかもしれないな』と思っていて、それを正直に伝えたら、『そうなんだよ』と共感してくださって。『だからこそ“ひと癖ある中島くん”にお願いした』と言われたんです」

――実際の撮影現場では、どのような指導を受けられたのでしょうか?

「初日が見合いのシーンと、レストランで『結婚してください』と伝える場面だったんですが、柳川さんからは動きや表情を抑えるような演出がありました。僕自身は、自然なしぐさや表情が出てもいいのかなと思っていたんですが、『これはやめよう』『ここは目を見て真っすぐ言おう』など、細かく丁寧な指示をいただいて。それが結果的に、次郎の誠実さにつながったのだと思います。柳川さんとは『花子とアン』以降もご一緒する機会があり、僕の舞台を見に来てくださったこともあります。ずっと信頼している方なので、今回またご一緒できて本当にうれしかったです」

――「花子とアン」ではライバル同士だった(※)吉田鋼太郎さんと、今度はご家族という関係での共演となりました。(※中島が演じる宮本龍一は、吉田演じる嘉納伝助の妻・蓮子と駆け落ちする役どころだった)

「まさに『花子とアン』以来だったので、お会いできたのは単純にうれしかったです。ただ、やはりちょっと怖いという感じもありました(笑)。鋼太郎さんは演出家としての顔もある方なので、『認められたい』という思いは少なからずありましたね。今の自分をどう見てもらえるのか…という気持ちは、やはりどこかにありました。『花子とアン』の時は駆け出しで、正直うまくできなかったという思いがありましたし、当時の評判もあまり良くなかった。それを自分では“トラウマ”だとは思っていなかったんですが、今回あらためて朝ドラに参加してみて、『ああ、自分の中でずっと引っかかっていたんだな』と気付かされました。それもあって、今回はすごく丁寧に準備しました」

――実際にお会いした鋼太郎さんの印象は?

「とにかく若々しいなという印象でした(笑)。“釜じい(釜次)”なんて呼ばれていたので、もっと年配な雰囲気なのかと思っていたのですが、エネルギーに満ちあふれていて、『元気だな』と感じました。現場では、鋼太郎さんが演出されている舞台の話や、お互いの近況など、いろいろなお話をさせてもらいました」

「心が通ったな」という実感 今田美桜との芝居

中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地

――今田さんとの芝居について教えてください。

「撮影初日が二度目のプロポーズのシーンだったのですが、個人的に『すごくいい芝居になったな』と感じました。今田さん演じるのぶが心を開いたように見えて、それに僕(次郎)も心を動かされたんです。次郎としてというより、中島歩自身としての感覚だったかもしれませんが(笑)、『心が通じたな』という実感がありました。視聴者の方からも好評だったと聞くと、それがちゃんと伝わっていたのだと思えて、報われた気持ちになります」

――結婚生活のシーンでは、夫婦らしさをどう表現されたのでしょう。

「描かれるシーンが限られているんです。次郎は航海に出てしまうので、のぶとの時間があまり積み上がっていかない。次に一緒に登場する時には、すでに何年もたっていて、間のやりとりは描かれない。でも物語上は“夫婦としての親密さ”があることになっているので、そこをどう見せるかが課題でした」

――具体的には?

「分かりやすい部分で言えば、呼び名が『のぶ』に変わっていたり、帰宅の場面で服を脱がせてもらう動きが入っていたり。そういう細かな芝居で、日常が積み重なっていることを伝えようとしました。表情や感情の出し方も、のぶに対しては、より自然に豊かになるように意識したり、冗談を交えてみたり。使われているかは分かりませんが(笑)、現場で監督と相談しながら、ちょっとした思い付きも取り入れて膨らませていきました」

――「第60回」の病院のシーンで、次郎がのぶに「急いで来てほしかったから」と伝えますが、あのひと言には、彼の心情の変化が表れていたように感じます。

「そうですね。人間らしさというか、感情の機微がきちんと伝わるように意識しました。のぶとの関係性の中で、互いに素直でいられるようになっていく、その過程を丁寧に演じたいと思っていて。最初はどこか遠慮がちだった次郎が、少しずつ本音を見せるようになる、そんな変化が自然ににじみ出るように心がけました」

未来への希望を語る次郎 のぶの純粋さにひかれた理由

中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地

――若松次郎というキャラクターについて伺います。特に共感された部分は?

「『戦争が終わったら、このカメラで世界中の人たちを撮ってまわりたい』といったセリフに表れているように、生きることを“楽しむもの”だと信じているところです。僕自身もそういう感覚を大切にしているので、次郎にはすごく共感しました。この時代の中にあって、次郎の言葉を通じて現代の感覚がのぶに届いていくような感覚があったし、自分の中の“伝えたい思い”を代弁してくれているようにも感じました。それはヤムおんちゃん(屋村草吉/阿部サダヲ)にも通じる部分があって、彼もまるで未来人のような感性で、同じように希望を届ける役割を担っていたのかもしれません」

――次郎がのぶにひかれた理由について、どう捉えていらっしゃいますか?

「のぶが自分の抱えている悩みや矛盾を次郎に打ち明けるシーンがあるんですが、その悩みがすごく“純粋すぎるがゆえの悩み”のように感じられたんです。たとえば、国教育に夢中になって泣いちゃう、というような。そういうことに真剣になれるのも、彼女がすごく純粋だからですし。そういう清らかな部分にひかれたんじゃないかと思いました」

――演じている中で、のぶに対する気持ちに変化はありましたか?

「演じながら気付いたんですけど、『この人には傷ついてほしくない』という思いが自然と湧いてきたんです。のぶが傷つくことが、まるで“人間の良心”そのものが傷つくように感じられて。彼女を守ることが、自分の中の良心を守ることにもつながっているような気がしました。そういう感情が自然に芽生えてきたのは、やはりこの物語が、架空の過去を描きながらも、今の日本人が抱く“戦争に対する思い”を映し出しているからなのかなと感じています」

――今田さんとの距離感ややりとりが、芝居に与えた影響はありましたか?

「今田さんと一緒にいる時間が多かったですが、空き時間に関しては、あまり深い話ができなかったかもしれません(笑)。本番ではきちんとコミュニケーションが取れていましたが、空き時間に何を話していいか分からなくて…。でも、それがちょうどよかった気もします。あまり仲良くなりすぎると、夫婦の演技をすることが逆に恥ずかしくなっちゃったりしますからね。あのくらいの距離感が、結果的にちょうどいいバランスだったのかもしれません」

印象的なセリフの数々 中園ミホ脚本を自然に届ける工夫

――中園ミホさんの脚本を読まれた第一印象を教えてください。

「最初に脚本を読んだ時、率直に言うと『重いな』と思いました。戦争の影がすごく色濃く描かれていて、どんどん人が亡くなっていく。朝から見ていると気持ちが沈んじゃうんじゃないかな、というくらい。でも、それが逆に物語としての重みになっていると思います」

――確かに重厚な内容ですね。中園さんの脚本の魅力をどこに感じますか?

「中園さんはパンチラインがすごいですね。子どもの頃に(中園が手がけた)『やまとなでしこ』(フジテレビ系/2000年)を再放送で見ていましたが、印象的な言葉の力は中園さんの魅力だと思います。次郎のセリフは、全部と言っていいくらい印象に残っています。というのも、全部、言うのが難しいセリフなんですよ。現代口語じゃないし、すごく重要なことしか言っていないから、自然に言おうとするとすごく難しい。次郎さんはポジティブなことを言うんですが、それがいいですよね。悲しさもあって。その中でも『戦争が終わったら何がしたいですか』といった未来を見せるようなセリフが印象的でした」

――難しいセリフを自然に聞かせるために、どんな工夫をされましたか?

二度目のプロポーズのシーンはまさにそうなんですけど、意識したのは、全部の言葉が“相手にかかるアクション”になるようにすること。俳優の用語で“アクション”と“リアクション”と言いますけど、すべての言葉が彼女(のぶ)に向けての働きかけになるようにしました。どんなに難しいセリフでも、コミュニケーションとして成り立たせることを意識しました。例えば、『このセリフは彼女を落ち着かせるために言うのか?』『笑わせるためか?』『元気づけるためか?』など、セリフごとにどう伝えるかを考えて、それを全部事前に想像して準備しておく。その上で、現場で起こった芝居にきちんと反応して演じるようにしました」

好評の声に感じる喜びと重圧 アンビバレンスな心境

――作品への反響が大きい中で、ご自身はどのように受け止めていますか?

「うれしい反面、怖さもあって…いわゆるアンビバレンスな気持ちです。やはり朝ドラって多くの人が見ているんですよね。SNSのトレンドに名前が入ったりすると、『こんなに見られているんだ…』という感じで。そういう影響力の大きさのようなものを、畏怖しています」

――そんな中で、今回の好意的な声については、どう受け取られましたか?

「今回は本当に“真心芝居”という感覚が強くて、心が震えていないと届かないような台本でした。だからこそ、今田さんと心を通わせることが何より大切で、そのためにできる限りの準備を重ね、現場でも一つ一つ丁寧に向き合っていきました。もしそれが画面を通して伝わっていたのだとしたら、本当にうれしいです。自分でも思っていた以上に打ち込めた実感があって、それはこの物語に深い思いがあったからこそ。そして、中園さんの言葉に命を吹き込むことに強い使命感を持っていたことも大きかったと思います。同時に、かつて出演した朝ドラが、自分の中で無意識のうちに“トラウマ”として残っていたことにも、今回あらためて気付かされました」

――そのトラウマというのは、今も残っているものなのでしょうか?

「乗り越えたというよりは、ずっと自分の中に残っている感覚です。やはりネットのには、どうしても心がざわついてしまいますし、読むのが怖くなることもあります。SNSなんてごく一部の世界だと分かっていても、そこでの声に大きく左右されてしまう自分がいる。そうした空気が、いまやドラマづくりそのものにまで影響している気がして…。懐疑的に思いながらも、やっぱり気になって見てしまう。そういう意味でも、複雑な思いを抱えています」

――一方で、身近な方からの反応はいかがですか?

「何人かの友人から『見ているよ』とか『頑張っているね』と声をもらったり、祖母からも『うれしい』と言われたりして。やはりNHKのドラマには、“おばあちゃん孝行”的な側面もあるなと感じました。喜んでくれていることが何よりありがたいですね」

つらい経験があったからこその現在 11年ぶりの朝ドラの現場で

中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地

――あらためて朝ドラという舞台に立って、どんなことを感じられましたか?

「やっぱり朝ドラって、すごく難しいなと実感しました。15分の中で物語がどんどん進んでいく中で、今回のように“のぶと3回会っただけで結婚が決まる”という設定だと、視聴者に納得してもらうには、心が通じる瞬間をしっかり描かなければいけない。その説得力を出すのが本当に大変でした。さらに、セリフも現代語とは大きく異なるので、それを自然に話すのも難しくて…。昭和の、しかも戦中を生きた人物として動くわけですから、その人の歴史や背景までも感じさせなきゃいけない。そうした制約の中で演じることの難しさをあらためて痛感しました」

――朝ドラならではの難しさを、あらためて実感されたんですね。では、11年前と今を比べて、ご自身の中でどんな変化があったと考えていますか?

「当時に比べると、今は本当にいろんなことが見渡せるようになったと感じます。『ああ、あのときはこういう理由で難しかったんだな』と今なら冷静に理解できます。11年前に初めて朝ドラに出演した時は、『ここから一気に売れるのかな』なんて淡い期待もありました。実際はあまり評判が良くなくて、その後は思うように仕事が来なかったんです。でも、ありがたいことに素晴らしい監督や演出家の方々と出会えて、舞台や映画でたくさんのことを学ばせてもらいました。もしあの時、簡単に評価されていたら、芝居と向き合う姿勢は今のようにはならなかったかもしれません。これからも謙虚に向き合っていきたいです」

――「あんぱん」での演技を通して、新たな発見もあったのでは?

「奇をてらったような芝居をする必要がなく、むしろ制約がある中で、心を振り絞って演じることができた。それに手応えはありました。ただその一方で、新たな課題も見えてきました」

――それはどのような課題として感じられたのですか?

「特に印象に残っているのは、お母さん(若松節子)役の神野三鈴さんの芝居です。いわゆる“外連味(けれんみ)”のある表現というのでしょうか、それがとても魅力的で感動しました。僕はこれまで、リアルさを大切にした芝居を追求してきたのですが、神野さんの演技には、しっかりと心がこもっていて、人間の奥行きが感じられた。ああ、こういう“見せる芝居”も素晴らしいんだと、新たな発見がありました。自分にとっても、そうした表現に挑戦していく余地があると気付けたことは、大きな収穫でした」

戦後80年の今だからこそ伝えたいメッセージ

中島歩が語る「あんぱん」への思い―視聴者を魅了する次郎役、11年ぶり朝ドラでつかんだ新たな境地

――次郎という役を演じて、中島さんご自身の中に、何か変化は生まれましたか?

「役と自分を“重ねていく”感覚なんです。芝居をする時は、常に役を通して自分自身を映し出しているような気がしていて。先ほども少し触れましたが、今回の撮影でも今田さんとのやりとりの中で、『この人には傷ついてほしくない』と本気で思った瞬間がありました。のぶが痛みを抱えると、自分の中にも同じような痛みが広がっていく…そんな共鳴するような感覚があったんです」

――その感覚はご自身の中でどう広がっていったのでしょうか?

「そこから考え始めたんです。戦争というものが、自分の好きなこと、大切な人、積み重ねてきた関係性を、一瞬で壊してしまう。それが自分の身に起きたら本当に嫌だなと。今の世界は戦争だらけで、新聞を読んでいると、のぶと次郎の状況がすぐに想像できてしまう。それがすごく怖いことだと感じました。だからこそ、この物語を届ける意味があるんじゃないかと。自分の仕事や生活も、実はすごくもろいものなんだとあらためて実感しました。それと同時に、やっぱり“朝ドラに出演する”ということ自体が、自分にとって大きな経験になったと感じています」

――過去の経験が今回の演技につながったと言えそうですね。

「そうですね。あそこで簡単に認められていたら、ここまで芝居について勉強しなかったと思います。今は本当に芝居することが楽しいですし、自分の中のアイデアや想像を表現できるようになってきた実感があります。あの頃の経験があったからこそ、今があるんだなと感じています」


【プロフィール】
中島歩(なかじま あゆむ)
1988年10月7日生まれ。宮城出身。2013年、舞台「黒蜥蜴」で俳優デビュー。14年に連続テレビ小説「花子とアン」(NHK総合ほか)でTVドラマ初レギュラーを果たす。7月10日にスタートするフジテレビ系のドラマ「愛の、がっこう。」に川原洋二役で出演する。


【番組情報】
連続テレビ小説「あんぱん」

NHK総合
月~土曜 午前8:00~8:15 ※土曜は1週間の振り返り
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
月~金曜 午前7:30~7:45

取材・文/斉藤和美



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