「泣かないと決めたんです」染谷将太が語る「べらぼう」歌麿の強さと蔦重(横浜流星)への愛2025/12/14

横浜流星が主演を務めたNHK総合ほかの大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)が、ついに最終回を迎えた。軽妙さと人情味が同居する唯一無二の世界で、喜多川歌麿(染谷将太)は“別れ”と向き合い続けた人物でもある。
最終回の収録現場もまた、作品の空気を象徴するような時間だった。物語のラストシーン。蔦重の最期の日にキャストやスタッフが一堂に会し、そのままクランクアップへと移行したという。大河ドラマ「麒麟がくる」(2020年)の織田信長役では一人終幕を迎えた染谷にとって、今回は対照的な「お祭りのような終わり方」だったと振り返る。悲しいシーンでありながら、どこか温かくて、泣き笑いが同時にこぼれる。そんな「べらぼう」らしい空気に包まれた最終回だった。
蔦屋重三郎のラストシーン、てい(橋本愛)に「義姉さん」と呼びかけられるようになるまで。インタビュー後編では、最終回で描かれた別れの瞬間から、歌麿がどのように気持ちを収めていったのか、作品を“走り切った”染谷将太の言葉から深く探っていく。
蔦重の最期に込めた“恩返し”「悲しまない」という選択
最終回、蔦重は病に倒れ、家族と仲間に見守られながらのラストシーン。その前に歌麿が見せたのは、涙ではなく前を向く強さだった。
染谷は、あの別れの瞬間をこう受け止めていた。
「歌麿として、自分が唯一“恩返し”と言えるようなことは、“悲しまないこと”なんじゃないかと思ったんです。本当なら一番泣きたい立場なんですけど、その思いをぐっと堪えて、『一番泣きそうな歌麿が、しっかり前を向くこと』が、蔦重への最大の贈り物になるんじゃないかと感じていました」
台本を読んだ段階から、その選択は印象的だったという。
「『治るかもしれないし』と強がりながら、本当は一番泣きたいのに涙は見せない。自分の描いた作品を持ってきて、『この続きが見たいなら、生きろよ』と笑って元気づける。あれは演じながら自分でもグッときてしまうほどで……でもそれを我慢して笑顔で励ます、というのが本当に印象深かったです」
“義姉さん”と呼べるようになるまで――ていとの距離感

最終回では、歌麿がていに「義姉さん」と呼びかける印象的な場面が描かれた。その瞬間に至るまでには、ていへの信頼、そして蔦重との関係が“完結”していく過程が密接に結び付いている。
染谷はまず、ていへの思いをこう語る。
「自分の中では、結構早い段階で“おていさんへの信頼感”はあったんですよね。劇中の初期、系図を作って本の作者と表を作った時点から、どこか頼りにしている部分はありました。ただ、蔦重の手前、それをあまり出さず、それこそ“ふた”をしてきた感じがありました」
そんな歌麿の心に風穴を開けたのがていだった。
「おていさんが“歌麿を呼びに来る”という出来事があって、そこからまた蔦重のそばへ戻れた。改めて蔦重と向き合う時間を持てたことで、蔦重への思いであったり、関係が、ある種、自分の中で“完成”した、あるいは“完結した”というか。『あ、自分は蔦重とはこういうふうに過ごして、こういうふうに一緒にものを作っていくのが、お互いにとって良いのかもしれない』という、歌麿なりの“答え”のようなものを自分の中で見つけて、最終回へ向かっていきました」
蔦重との関係が完結したことで、長くふたをしてきた思いに向き合えるようになった。
「蔦重との関係がある種“完結”したからこそ、おていさんに対して素直に言えた。蔦重と二人の関係が“完成形”になったからこそ、おていさんにもああ言えたのかなと思いました」
では、その“完結”とはなんだったのか。
「蔦重への思いは変わらない。それを自分で認めることができた、という感覚ですね。ふたをし続けるのは自分が苦しいだけで、かといって気持ちをぶつければお互いが傷つくだけ。でも、変わらない思いが自分の中にあることを認めて、自分で自分を赦す……つまり“蔦重への気持ちを肯定する”ことができた。そこからは吹っ切れたように思います」
“気付かないからこそ蔦重”鈍感さと人情味のバランス

第43回。蔦重に見せた“恋心を描いた女絵”。その解説をする流れで、歌麿が口にした「恋をしていたからさ」。しかし、その恋心の矛先が自分だとは夢にも思わず、蔦重は頑なに別方向へと解釈。染谷は、このすれ違いの構図を「苦しい場面でありながら、蔦重らしさが際立つ瞬間」と受け止めていた。
「役としてはすごく複雑でつらいシーンなんですけど、同時に『これ気付いちゃったら蔦重らしくないな』とも思っていました。気付かないからこそ蔦重の魅力なんです。そういう視野が偏っているというか(笑)、でもその鈍感さと人情味がセットなんですよね。だから『最後まで気付かなくていい』と思いましたし、そこに愛嬌(あいきょう)を感じていました」
その“鈍感さ×人情味”という独特の味わいを、染谷は漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉になぞらえて語る。
「両さんみたいな、気付かないところはトコトン気付かないのに、妙に人の心に寄り添う瞬間がある。あのバランスにすごく近いと思って演じていました」
根底にあるのは、蔦重がまとう“下町の人情”だと染谷は言う。
「人の気持ちを分かっているんだか、分かっていないんだか。どこまで狙っているのか分からない天然さと器用さ。でも最後にはちゃんと人情が残る。だからみんながついていってしまうんですよね。すごく魅力的な人だなと思いましたし、自分は生まれが下町なので、どこかなじみ深い人間像でもありました」
そんな蔦重を演じた座長・横浜について、染谷の口からは自然と敬意がこぼれる。
「流星くんは本当にずっと突っ走っていましたね。とにかくずっとしゃべっていて(笑)、相当大変だったと思いますが、見事に走り切っていました。主演としてのエネルギーや、キャストを引っ張る力は、蔦重と同じものを感じました。みんなに愛されていましたし、流星くん自身も周りを愛しているのが伝わってきて、そこはすごく重なりました」
写楽=江戸兵衛の完成と、“歴史が動いた”瞬間

物語終盤を語る上で欠かせないのが、写楽誕生の場面だ。写楽の作画が完成し、江戸の町に“新たな絵”が放たれる瞬間を、染谷はこう見つめていた。
「写楽の江戸兵衛が完成した時というのは、感慨深かったですね。ついに、というか。あの絵としての表現は『べらぼう』においてほぼラストになるので、個人的に胸が熱くなりましたし、歴史が動いたような感覚がありました」
大谷鬼次の役者絵が描き上がり、物語は“写楽誕生”の瞬間を迎える。そこから蔦重が「東洲斎」の名を受ける展開へとつながっていく構成に、染谷は深い感慨を覚えた。
「オリジナリティーあふれる表現で“べらぼうらしい”と思いました。なんというか、蔦重たちの“たわけ”に現代のわれわれもまだだまされているんじゃないかと思うような(笑)。そんな楽しみ方ができるなと思いましたね」
第46回ラストで仕掛けられた、生田斗真による一橋治済と斎藤十郎兵衛の“一人二役”。本来は台本の段階でもう少し手前で区切られる予定だったが、「十郎兵衛の姿まで見せて締めたほうがインパクトがある」という判断から、編集段階で次回分の映像を足し、“引き”を強調した形で放送されたという。オンエアを見た染谷も、「めちゃくちゃ面白い終わり方だった」と興奮を隠せなかった。
多彩な役柄を演じてきた染谷にとって、「べらぼう」の歌麿はどんな存在になったのか。
「不思議な経験でしたね。今まで、演じていて“こんな感情が湧くんだ”と感じたことのない感情を、すごくたくさん味わいました。怒り一つ取っても一言では言い切れない複雑さがありますし、蔦重に対する愛情も、歌麿の中ではどういう種類の愛なのか自分でも処理しきれない部分がありました」
その“名前の付けづらい感情”と向き合う作業は、「本当に初めてだった」と言う。
「怒ったり、泣いたり、笑ったり……感情の振り幅が大きかった分、現場ではすごくせわしなかったです。でもそのせわしなさは、役者としても、一人の人間としても、とても充実していました。つらい場面も多かったですが、すごく貴重ですてきな経験をさせていただいたと思います」

【プロフィール】
染谷将太(そめたに しょうた)
1992年9月3日生まれ。東京都出身。映画「ヒミズ」(2011年)で第68回ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。以降、映画「寄生獣」(14年)、大河ドラマ「麒麟がくる」(20年/NHK総合ほか)に出演。近作は、映画「陰陽師0」(24年)、「聖☆おにいさん THE MOVIE~ホーリーメン VS 悪魔軍団~」(24年)、映画「爆弾」(25年)など。NHK特集オーディオドラマ「だまっていない」(NHKラジオ第1・12月29日、NHK-FM・26年1月10日)では初の脚本・演出に挑戦。12月19日に映画「新解釈・幕末伝」が公開、2026年には1月1日に「教場 Reunion」(NETFLIX)、2月20日に映画「教場 Requiem」(2月)が控えている。
【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
※12月14日は15分拡大。
取材・文/斉藤和美
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