「べらぼう」矢本悠馬が語る“世直し大明神”佐野政言【後編】悲劇の最期と心に残った達成感2025/07/27 20:45

NHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)で、田沼意知(宮沢氷魚)を襲撃する衝撃的な役どころ・佐野政言を演じた矢本悠馬に前後編でインタビュー。
前編では、不気味なヒールから悲劇の男へと変貌していく佐野政言の人物像や、意知との衝突に至るまでの苦悩を語った。後編では、「世直し大明神」として語り継がれる政言の行動に込めた思い、宮沢との緊迫感あふれる対峙(たいじ)シーン、そしてクランクアップで交わした“血まみれの恋人つなぎ”の裏側を振り返る。さらに、森下佳子さんが描く作品の魅力や、8年ぶりの大河出演で感じた俳優としての成長と手応えについても、率直な胸の内を明かしてくれた。
「世直し大明神」と殺陣への工夫――生々しさを追求したリアリティー
――政言が“世直し大明神”として語り継がれていく展開については、当初からどの程度意識されていましたか? 台本と一緒にその資料を受け取った時、どんな印象を持たれましたか。
「資料をいただいたのは、まだ台本がほとんどできていない段階だったんですよ。だからまず思ったのは、『えっ、そんなに田沼家って嫌われていたの!?』っていう驚きでした(笑)。その印象が強かったので、意知に初めて会う場面では、どこかに“嫌なやつ感”が出るのかなと思っていたんですけど、いざ演じてみたら、意知がものすごく誠実で“いいやつ”だったんです。だから、『え、これどうやって嫌いになるの?』『どこで殺す覚悟を決めるの?』って、結構不安になりましたね」
――“世直し大明神”と後に呼ばれる存在になるわけですが、そうした未来の評価は、演じる上でどの程度意識されていましたか?
「それはほとんど意識していなかったと思います。演じていたときの政言には、“世直し大明神”になるつもりなんてまったくなかった。結果的にそう呼ばれるようになっただけで、本人の中では『ありがとう』っていうくらいの感覚です(笑)。死んだあとに偉くなりたいなんて気持ちは、これっぽっちもなかったですね。むしろ、最後まで“自分の生き方”に必死だった。そんな感覚に近かったです」
――田沼意知を斬る、その背景にいた父・意次(渡辺謙)に、政言はどんな感情を抱いていたのでしょうか。
「政言自身は、田沼意次のことを“すごく偉いおじさん”くらいにしか思っていなかったんじゃないでしょうか(笑)。会社で言えば、たまに社内で見かける“ボス”的な存在。距離はあるけれど、どこか威圧感のある雰囲気で歩いているような印象です。人格も知らないし、劇中で対面したのも一度きり。しかもその時は、顔を見ることもなく、ただ頭を下げているだけでした。だから、個人的な感情はあまり抱いていなかったと思います。ただ、意知を通して『こんな好青年を育てたんだから、きっといい父親なんだろうな』とは、どこかで感じていたかもしれません。あとは、足取りのしっかりした姿を見て、自分の父と比べて『健康そうでうらやましいな』と思ったはずです」

――田沼家との格差だけでなく、家庭内でも“どうにもならない状況”に追い詰められていたわけですね。
「政言の父親は杖がないと歩けないし、目も悪くなっていて、認知症も進行している。その差は明らかで、『強い父親っていいな』という憧れのような感情はあったと思います。ただ、感情としては…冷静に言えば『特別な思いはない』に近いのかもしれません。家の中では『田沼はもともと佐野家より格下だった』と刷り込まれて育ったけれど、時代はすっかり変わって、現実には田沼家の力は圧倒的に上。父に言われて家系図を渡しに行っても、何も変わらない。本当は『だから言ったじゃないですか』と口に出したかったけれど、そんなことを言えば殴られる。そうやって少しずつ鬱屈(うっぷん)が積もっていって、最終的に爆発してしまった。そういうことだったのではないでしょうか」
――そうした葛藤や背景を抱えた政言を通して、改めてこの作品全体についてはどう捉えていますか?
「自分もそうでしたが、たくさんのキャラクターが登場する中で、決して目立つ役というわけではなかったと思います。それでも一人一人がしっかりと立っていた。そこがまず素晴らしいなと感じました。扱っているテーマ自体はかなりシリアスなのに、作品全体のノリやテンポには明るさがある。重苦しくなりすぎず、かといって軽すぎることもない。その絶妙なバランスで、シリアスとユーモアが同時に走っているような感覚があって、やっぱり森下さんの脚本の力だと感じました」
――今もお話に出た“森下さんの脚本力”ですが、特にどんなところに魅力を感じましたか?
「『直虎』の時にも感じたんですが、森下さんの脚本って、登場人物がどれだけ多くても、視聴者が一人一人のキャラクターをちゃんと覚えられるんですよね。その“森下マジック”は、今回も感じました。政言も最初はまったく違う印象で登場したのに、いつの間にか『あの人、よかったよね』って言ってもらえたりして。それはありがたかったですし、感謝しています。もう、頭の中どうなってるんだろうって(笑)。よくこんなに書けるなって思いますよ。それに森下先生ご本人も、『政言がかわいそう過ぎる』って言っていたらしくて。いやいや、自分で書かれたのに…って、思わずツッコミたくなりましたけど(笑)。でも実際、自分としてもここまで報われないキャラクターを演じたのは初めてで、途中からはもう開き直って、『とことん“ふびんな人”に見えればいいや』って気持ちでやっていました」
――森下さんが、今回の佐野政言という役を矢本さんに託された意味については、どのように受け止めていますか?
「『直虎』では、直虎史上最強なんじゃないかってくらい強いキャラクターをやらせてもらったんですが、『べらぼう』では一転して“最弱”。完全に真逆の役をやらせてもらいましたよね(笑)。そのギャップを森下さんが楽しんでくださったのかもしれないし、自分の中にある“幅”や“可能性”を見てくれたのかなとも思います」

8年ぶりの大河ドラマ出演――俳優として感じた手応えと成長
――「おんな城主 直虎」では、柴咲コウさん演じる直虎の家臣・中野直之として“剣の達人”ぶりも見せていましたが、今回は久々の時代劇で、しかも殺陣のシーンが少ない中、ラストで刀を抜く展開には特別な緊張感があったのでは?
「実は、たまに現場で短刀を抜いたりしていたら、演出の方から『やっぱり時代劇やっていたから、刀の持ち方がきれいですね』って言われたんです。それを聞いた時、『あ、きれいすぎたら駄目だな』と思って、それからは極力抜かないようにしていました。慣れてしまうのは違うなと感じたんです」
――意図的に不格好に見せたと。
「『直虎』の時が初めての殺陣だったんです。でも今回の政言は、気が弱くて不器用な人物なので、きれいに構えるより、不格好な方が合っていると考えました。『一刀一刀を美しく』というより、とにかく“思いきり斬りにいく”という感じ。うわーっと体ごと振りかぶるような、侍らしくない斬り方の方が、この役には合う気がしました」
――「おんな城主 直虎」以来、約8年ぶりの大河ドラマ出演となりましたが、当時と比べてご自身の中で変化を感じた部分はありますか?
「当時はまだ20代半ばで、とにかくがむしゃらでしたね。テレビで見ていた俳優さんたちが目の前にいることに圧倒されて、驚きの連続でした。正直、まだ若くて、相手のセリフをしっかり聞いて芝居する余裕もなかったと思います。ただただ、自分のキャラクターをどう表現するかに必死でした。当時は“バーッと能動的に動いてみよう”という芝居が多かったんですけど、今回は逆で、ほとんどが“受け”の芝居。相手の言葉や空気をしっかり受け止めて、その中でどうリアクションするかが大事になってくる。それは、自分の中でも大きな違いだったと思います」

――共演者との関係性にも、今回は変化があったのでは?
「『直虎』の時は、先輩方から見ても、まだ僕のことを“矢本悠馬”として認識されていない状況だったと思います。でも今回は、渡辺謙さんに初めてお会いした時に、『君の作品、たくさん見ているよ』って声を掛けていただいて。いや、もうめちゃくちゃうれしかったですね。休憩中に僕の別の作品のセリフを言ってくださり、『一度共演したかったんだよ』とまで言っていただいて、感激しました。桐谷(健太)さんと初めてお会いした時も、『おー! いいよね』って言っていただいて、今回は“知ってもらえている”という実感がありました」
――でも、あえて現場では距離を取っていたそうですね。
「そうなんです。正直なところ、現場では“アウェー感”を感じていたかったんですよ(笑)。政言って、場になじめず、ちょっと孤独な役だったので、僕自身も現場ではあまり皆さんと話さず、閉じこもるようにしていました。本当はもっと話したかったんですけど、あえて距離を置いていたんです」
――精神的に追い込まれるような役どころでしたが、収録中や私生活への影響はありませんでしたか?
「それが逆で、むしろ“発散しない”方がよかったんですよ。プライベートはめちゃくちゃ充実しているので(笑)。収録期間もギュッと詰めてもらっていたので、『この短い期間だけ苦しめばいい』って覚悟で入れたし、本番ではスッと集中できるタイプなので、うまく切り替えられていました」
――今回の役を通して、俳優としての手応えのようなものはありましたか?
「これだけ“セリフを受ける”芝居は、これまでほとんど経験がありませんでしたし、普段はコメディー寄りのキャラクターを演じることが多かったので、“苦しい”とか“不完全燃焼”といった感情を表現する機会も少なかったんです。だからこそ、今回は『ちゃんと芝居しているな』と、自分でも実感できました。いつも以上に、現場に“ちゃんと存在している”という感覚があったんです」
――田沼意知が“プリンス”として描かれている作品の中で、政言の役割はかなり大胆な展開でもありました。視聴者の反応も気になるところですよね。
「スタッフさんから『意知ファンなんです』と言われたり、本当に“プリンス”として愛されているキャラクター。氷魚くんがとても素晴らしく意知を演じてくれたおかげで、僕のパートも成立しているし、逆に感謝してるんです」
――視聴者の反応に不安はありませんでしたか?
「いや、良くても悪くても…どっちにしても『僕の手柄だな』と思っているので(笑)。それくらい本気でぶつかった現場でしたし、氷魚くんと2人で作り上げた“あのシーン”が、話題になったらうれしいですね。『べらぼう』史上一番熱い回になればいいな」
――確かに、メインキャストがいなくなる展開はインパクトも大きいです。
「きっと視聴者にとっては、とても寂しい出来事だったと思います。でも、それにふさわしいだけのものを、僕らは2人でちゃんと作れたという自負があります。だからこそ、自信を持って見てもらいたいです」

――収録期間は短かったとのことですが、心に残る時間だったんですね。
「佐野政言を大切に演じられたと感じていますし、珍しく“達成感”みたいなものもありました。普段はあまりそういう感覚になることはないのですが、今回は最後の斬り終わった時に『やった…』と気持ちがふっと出てきた。佐野政言としてのストレスを発散できたんじゃないかなって(笑)。それだけ集中して取り組めたんだと思います」
――クランクアップの瞬間は、どんなふうに迎えられましたか?
「最後に撮ったのは、政言と意知がキジを探しに行くシーンで、“やっぱりこの人、いい人だったな”と政言が思う場面でした。その前に、意知を斬るシーンを氷魚くんとやり切った直後は、『終わったね、しんどかったね』って話しながら、“恋人つなぎ”で写真を撮って(笑)。2人とも血まみれの手でしたけどね。劇中では犬猿の仲でしたが、現場では和やかに締めくくることができました。本当に誰ともあまり話さずに過ごしていた収録期間だったので、ようやく肩の力が抜けた瞬間でもありました」

【プロフィール】
矢本悠馬(やもと ゆうま)
1990年8月31日生まれ。京都出身。近年は、「ゴールデンカムイ ー北海道刺青囚人争奪編ー」(WOWOW)、「相続探偵」(日本テレビ系)に出演。現在放送中の「ちはやふるーめぐりー」(日本テレビ系)に出演しているほか、映画「愚か者の身分」の公開が10月24日に控えている
【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45
取材・文/斉藤和美
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