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「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期2025/07/27 20:45

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

 NHK総合ほかで放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(日曜午後8:00ほか)で、田沼意次(渡辺謙)の嫡男・田沼意知を演じた宮沢氷魚に前後編でインタビュー。

 前編では、大河ドラマ出演という夢をかなえた宮沢が、1年に及ぶ収録を通して得た経験や、父・意次役の渡辺謙との深い関係性、誰袖(福原遥)との恋模様を語った。後編では、主演・横浜流星との“信頼から生まれた関係性”、矢本悠馬演じる佐野政言との対峙(たいじ)、そして第28回で描かれた衝撃の最期に込めた思いを振り返る。さらに、歴史上の人物・田沼意次への新たな視点や、自身に残った“意知という人物を生きた1年間”の重みについても深く語ってくれた。

素晴らしい座長”横浜流星との信頼関係

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

――約1年間にわたって主演の横浜流星さんと共演されて、どのような印象でしたか?

「本当に“素晴らしい座長”でした。横浜さんに求められているものって、ものすごく幅広くて。コミカルな場面もあれば、感情を爆発させるようなシーンもある。振り幅の大きなキャラクターを見事に演じられていて、ずっと尊敬の気持ちを持ちながら見ていました。1年間ご一緒していても、リラックスできる方で。本番前に2人で並んで座っている時間が、自然で心地よかったんです」

――現場での関係性は、役柄にも影響しましたか?

「はい。言葉がなくても気まずさを感じない、心地よい関係性で、僕自身も素のままでいられました。それが結果的に、意知という役にもつながっていきました。蔦屋重三郎と田沼家は劇中でも距離の近い存在として描かれていますし、そういった空気感を“意図せず自然に”共有できていたのは、ありがたいことでした」

――蔦屋重三郎とのシーンで、特に記憶に残っている場面はありますか?

「どれも印象的なんですが…平賀源内(安田顕)の死を報告する場面でのやりとりは、蔦屋が少しけんか腰になって、熱量がありました。それから、雪の中で向き合うシーン。実は、蔦重と二人きりで対話する場面は数えるほどしかないんです。でも、その数少ない場面がどれも強く印象に残っていて、特に“言葉よりも空気で通じ合う”ような瞬間がすごく好きでした」

――クランクアップの場面も、蔦重とのシーンだったそうですね。

「米騒動への対応に悩む意知が、蔦重にヒントを求めに行くシーンでした。僕としては、“商人に頼る”という構図が少し恥ずかしいというか…。政に携わる立場の人間たちが、自分たちだけでは決断できず、商人に相談する。それはある意味、愚かで、優柔不断の象徴にも思えて…。でも意知は、迷いながらも蔦重に問いかける。すると、蔦重から『それだ!』という答えが返ってきて、意知が走り出していく。そこが、僕のクランクアップでした」

――いつもの冷静な意知とは違う、感情豊かな姿が印象的でした。

「そうなんです。それまでの意知って、わりと冷静な印象が強かったのですが、あの場面では感情が大きく動いていて、蔦重とフランクに話すのも初めてに近かった。僕自身も“どう演じるんだっけ?”という感覚があったくらいで(笑)。あたふたしている姿を見せたのは、あのシーンが初めてだったかもしれません。人間味が出ていて、自分でも“かわいらしい”と思えた、大切なシーンです」

佐野政言への複雑な感情――理解と悲劇が交錯する運命

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

――意次を手にかけた佐野政言(矢本)に対して、意知はどのような感情を抱いていたのでしょうか?

「僕としては、佐野の気持ちもよく分かるんです。意知としても、待遇に対する疑問や、自分の父に対する思いなど、彼に同情できる部分がたくさんあった。『なんとかしたい』という気持ちは、実は意次と同じだったんじゃないかと。最終的に2人の行動は真逆の方向へ進んだけれど、根本にある感情、“父への愛情”とか、“家を守りたい”という使命感は、通じていたはずなんです」

――刺されたその時、意知の中にあったのは怒りではなく、理解だったと?

「そうですね。普通だったら『こんなはずじゃなかった』と思ってもおかしくない場面なのに、意知は決して佐野を責めない。理解しきることはできなかったとしても、彼を“分かろうとする姿勢”が、最後まであった。佐野の行動は決して正しいとは言えないけれど、よりよい幕府をつくりたい気持ちがあったのは確かで。意知はそのことに、最期の瞬間に改めて気付いたんじゃないでしょうか」

――佐野政言との最終対峙は、言葉では語りきれない重みがありました。矢本さんとは、あの場面をどのように作っていったのでしょうか?

「矢本さんとは、あらかじめ綿密に打ち合わせをしたわけではなかったんです。でも、現場に入った瞬間に自然と『このシーン、どうしようか』という空気が生まれていて。セットの中の温度感を感じ取りながら、呼吸を合わせるように芝居をつくっていきました。殺陣稽古は数日前にやっていたんですが、その時も『やりすぎないようにしよう』という共通認識があって。あくまでも“生の感情”でぶつかれるような場にしたかったんです」

――演じる上で、どんなリアリティーを意識していましたか?

「あの場面は、“きれいに斬り合う”ような殺陣ではなくて、“突然の出来事”として描かれるべきだと考えていました。意知としては、まさか佐野に襲われるなんて予期していない。だから、こちらが構えてしまっていたら、リアリティーが崩れてしまうんですよね。突然、目の前の人に襲われて。その混乱の中で『なぜこんなことをされるんだ?』と必死に理解しようとする。その“混乱の時間”を、2人で丁寧に共有できたのはよかったです。お互いの間に共通言語のようなものが生まれていて、同じ温度でシーンに臨めた実感がありました」

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

――意次が亡くなるシーンは、どのような気持ちで演じられましたか?

「大きな傷を負って、体を起こすことすらできない状態でした。すぐそばには父・意次がいて、目を覚ました意知が最初に口にするのが、誰袖のことを心配する言葉なんですよね。あのセリフには心から感動しました。自分の命が尽きようとしている時に、まず周囲の人のことを考える。意知という人物が、どれだけ他人を大切にしてきたかを象徴する場面でした。田沼家に生まれ、家の名誉や責任を背負って生きてきた人物ですから、きっとずっと“自分のことは後回し”だったんだと想像しました。そういう姿勢が、最期の最期までぶれずに表れていて、演じながらも『この人はすごく強いな』と感じました」

――父・意次や蔦屋重三郎があだ討ちを誓う場面も描かれました。そのことを意知はどう受け止めていたと思いますか?

「とても複雑だったと思います。復讐(ふくしゅう)を望む気持ちは、それだけ意知が父や蔦重、三浦をはじめ周囲の人たちに大切にされていた証拠だし、その愛情はありがたく感じていたはずです。ただ、意知自身はあだ討ちを望んではいなかったんじゃないかと。起きてしまったことは受け止めるしかなく、それよりも“これからどう生きるか”の方が大事だと考える人だったと捉えています。だからこそ、復讐より未来に力を注いでほしい。そんなふうに願っていたのではないかと感じています。でも、人間はそんなに強くない。怒りや喪失感を抱えた時、復讐という行為にすがることで心のバランスを保とうとする。怒りの矛先が見えなくなった時、自分の弱さを覆い隠すようにその行動に向かってしまう。そうした感情もまた、理解できる気がします」

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

――改めて、意知という人物はどのような人だったと感じていますか?

「意知はよりよい幕府をつくるために、自らの身を削って働いた人物だった。最期の瞬間に、それを改めて実感しました。実際、想像していたよりも穏やかに亡くなっていった印象はあります。でも同時に、『あとは意次に任せた』という強い思いも、そこに込められていたと思います」

――その“任せた”という気持ちを伝える最期の場面には、特別な演出意図もあったそうですね。

「あの場面は演出の深川貴志さんに明確なこだわりがあって、“拳を意次の胸に当てて、『任せた』という想いを伝える”という表現を目指していたんです。言葉以上の思いを受け継がせるような、すごく静かながら力のあるシーンになりました。実際にどう編集されるかはまだ分かりませんが、その一瞬にすべてを込めるような感覚で演じました」

――最期の瞬間、意知の中にはどんな記憶や思いが浮かんでいたのでしょうか?

「僕の中では第1回から第28回まで、1年間かけて演じてきたすべての時間がよみがえってくるような感覚がありました。意知として過ごしてきた日々のなかで出会った人々、一つ一つの景色、それらが亡くなる直前に、まるでフラッシュバックのように駆け巡るようなイメージでした。人が本当に死を迎える瞬間に、記憶がどうよみがえるのかは正直分かりません。でも、もしかしたらああいうふうに、一瞬でたくさんの思い出が押し寄せてくるのかもしれない。例えば蔦屋重三郎との出会い、雪の降る中で『力を貸してくれませんか』と声をかけた場面。意知が生きてきた人生、出会った人たち、選んできた道。そのすべてを、最期の一瞬で思い返していたような気がします」

田沼意次像の再発見――現地で感じた功績の重み

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

――田沼意次について、演じる前と後で印象は変わりましたか?

「これまで“賄賂政治”とか、ネガティブなイメージが強かったと思うんです。でも今回のドラマでは、たとえその手法に汚さや狡さがあったとしても、すべては“幕府を豊かにするため”“御金蔵を立て直すため”といった、国のため、民のためという信念に基づいて描かれている。反感を持つ人も当然出てくるけれど、根本にある動機はまっとうで、むしろ素晴らしいものでした」

――実際に田沼家ゆかりの地を訪れた体験も大きかったそうですね。

「プロモーションの一環で、静岡の牧之原に行く機会があったんですが、そこでは今も田沼家の功績を大事に思ってくださっている方がたくさんいらっしゃって。“田沼様のおかげでこの地域は豊かになった”という話も伺いましたし、実際にその地を歩いて感じた空気からも、“これは真実なんだ”という説得力がありました。僕たちが今まで学んできた“田沼像”がすべて正しいわけではないのかもしれないと感じました」

――森下佳子さんの脚本には、どのような魅力を感じましたか?

「毎回、新しい台本を読むのが楽しみで仕方なかったんです。森下さんの書く本は、読み物としても面白くて、まるで小説を読むかのように引き込まれました。実際に演じてみると、森下さんが思い描いている“人物の内面”がものすごく鮮明に立ち上がってくるんです。視聴者の中でも、“意次ってそんなに悪い人だったの?”と先入観が、少しずつ変わっていったんじゃないでしょうか。そういうふうに人物像が変わって見えるというのが、時代劇や歴史ものの面白さでもあると感じています」

――意知の最期の描かれ方については、どのように受け止めていますか?

「すごくうれしかったです。人物の最期が丁寧に描かれていて、多くを語らずとも、『彼が人生の中で何を思い、何を願っていたのか』が詰まっていた。台本を読んだ時は、本当に感動しました。そういう描き方をしていただけたことで、意知が亡くなったあとに残される人たち、蔦重や誰袖、三浦、父・意次たちの心情も、より複雑に、立体的に描かれていったと思います」

――今回の大河ドラマ出演は、宮沢さんにとってどのような意味を持ちましたか?

「出演が決まった時は胸が高鳴りましたし、夢がかなった瞬間でもありました。収録中は、『まだ先が長いな』と感じる瞬間もありましたけど、いざ終わってみると、あっという間でした。気付いたら収録が終わっていて、改めて振り返ると、自分自身成長したなと実感しています。それは俳優としてもそうですし、人としても間違いなく成長できた1年でした。この経験は、これからの俳優人生だけでなく、自分の人生そのものにも生きてくるに違いありません。今後、壁にぶつかった時も、『べらぼうをやりきれたんだから、自分なら大丈夫』と思える。そういう自信を与えてくれた作品です」

――そんな特別な1年間の経験を通じて、新たな目標や夢は生まれましたか。

「目標も自然と上がりましたし、大河ドラマに『また出たい』と強く感じました。今度は、よりレベルアップした自分で、もう一度この世界に戻ってきたい。そう思えるような経験をさせてもらいました。大河ドラマだからこそ作れる世界観があって、その一員になれたことは誇りです。大変素晴らしい時間を過ごさせてもらったので、今度は何かしらの形で恩返しがしたい。また、誰かの力になりたいです」

「べらぼう」宮沢氷魚が語る”悲劇のプリンス”田沼意知【後編】―横浜流星への信頼と理解を示した最期

【プロフィール】
宮沢氷魚(みやざわ ひお) 

1994年4月24日生まれ。米国・カリフォルニア州サンフランシスコ出身。近年は、NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」、「コウノドリ 第2シリーズ」(TBS系)や、映画「エゴイスト」などに出演。今秋には岸井ゆきのとダブル主演を務める映画「佐藤さんと佐藤さん」の公開が控えている。

【番組情報】
大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
NHK総合
日曜 午後8:00~8:45ほか
NHK BSプレミアム4K
日曜 午後0:15~1:00ほか
NHK BS・NHK BSプレミアム4K
日曜 午後6:00~6:45

取材・文/斉藤和美



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