Feature 特集

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話2026/10/29 08:00

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話

 数々の映画やドラマで、唯一無二の存在感を放ってきた樹木希林と市原悦子。2人の人生と俳優としての信念に迫る「ザ・偉人伝 樹木希林・市原悦子 媚びない、飾らない。名優が遺したメッセージ」が、BS朝日で11月7日(午後9:00)に放送される。

 ともに新劇の世界で演技を磨きながら、従来の女優像にとらわれず、庶民の暮らしや人間の本音を表現してきた2人。樹木はドラマ「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などで人気を集め、映画「万引き家族」などでも印象的な演技を見せた。一方、市原はアニメ「まんが日本昔ばなし」の語りやドラマ「家政婦は見た!」シリーズなどで幅広い世代に親しまれ、舞台でもさまざまな役を演じてきた。

 若くして挫折を経験し、夫・内田裕也と独特な夫婦関係を築きながら、晩年まで自分らしい生き方を貫いた樹木。多くの代表作を残し、夫との絆を大切にしながら、闘病中も俳優としての情熱を失わなかった市原。番組では、そんな2人の人生を振り返る。

 さらに、浅田美代子、河瀨直美、竹中直人、ドリアン助川、中村敦夫、橋爪功ら、2人とゆかりのある関係者も登場。知られざるエピソードや証言を通して、樹木と市原の人物像を掘り下げる。

樹木希林の推薦で実現した市原悦子の出演

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話

 2015年公開の映画「あん」で樹木、市原と仕事をともにし、今回の番組にも出演する映画監督の河瀨直美氏に、2人との撮影秘話や俳優としての魅力、交流を通じて感じたことなどを聞いた。

 「あん」はドリアン助川氏の同名小説を原作に、どら焼き店を舞台として、ハンセン病への差別や偏見に翻弄(ほんろう)されてきた人々の人生を描いた作品。樹木が元患者の徳江を、市原が徳江の旧友で同じく元患者の佳子を演じた。

 それまでオリジナル脚本を中心に映画を手がけてきた河瀨監督は、目に見えない感情や言葉にならない思いを映像で表現することに意義を感じ、「あん」の映画化を決意。原作者のドリアン氏が徳江役に樹木を推薦すると、河瀨監督もすぐに賛同したという。

 樹木とは以前にも仕事をともにし、信頼を寄せていたという河瀨監督。その樹木が市原の起用にも関わっていたと振り返る。

「浅田美代子さんも希林さんの推薦でしたし、ワカナちゃん(樹木の孫・内田伽羅)もそう。ほぼキャスティングをやられていたような印象です(笑)。市原さんもその中の1人で、『希林さんの推薦だから大丈夫』と思いました」

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話

 市原にとって「あん」は、夫を亡くした後の復帰作であり、樹木との初共演でもあった。

「市原さんは相当気合が入っていたと思います。私は、俳優さんに気合が入りすぎていると、少し肩の力を抜いてもらうようにするんですけど、『あん』では希林さんがその役割を担ってくださいました」

 河瀨監督は、撮影時に「スタート」や「カット」の声を掛けず、演技の始まりと終わりを明確に区切らないことで、俳優の自然な表情やしぐさを捉えようとする。そんな現場で、樹木と市原はカメラが回っていない時も役のまま過ごし、関係を築いていった。

「演技していないんですよ、2人とも。カメラが回っていなくても、ずっと徳江ちゃんと佳子ちゃんだから。希林さんが、そういう雰囲気を作っていたのかなと思います」

樹木と市原、異なるアプローチで追求した役作り

 樹木の俳優としての魅力について、河瀨監督は、カメラの位置や共演者の動きを瞬時に把握する能力を挙げる。演技経験の少ない共演者がカメラに背を向けてしまったときも、樹木は自ら回り込み、「お茶飲みなさい」と声を掛けて自然に向きを変えさせていたという。

 「あん」の撮影でも、ワカナ役の内田伽羅に「鳥が鳴いてるよ」と声を掛け、自然に視線を動かすきっかけを作っていた。

「監督がもう一人、そこにいてくれるような感じでしたね」

 役作りについても、樹木は徹底していた。ハンセン病の元患者が暮らす国立療養所多磨全生園への取材にも同行し、そこで目にした人々の生活を演技に生かしていた。

「希林さんが、自分で作って持って来られた衣装もありました。コートのボタンも全部マジックテープに替えたのも樹木さんのアイディアです。ハンセン病の元患者さんは手が不自由で、ボタンを留められないからって。それは元患者さんの生活をしっかり見ていないと分からないことだと思うし、衣装部に任せていたら気づかないことですよね」

 さらに樹木は、徳江の部屋に飾る写真として、自身の幼少期の写真を持参していたという。自分の人生の一部を作品に取り入れるなど、細部にまでこだわっていた。

 そして、市原もまた役作りには一切妥協しなかった。ただ、その取り組み方は樹木とは異なっていたという。樹木が自分なりのこだわりを実践してから周囲に伝えるのに対し、市原はこだわりを演じるその場で口にした。

 特に印象的だったのが、帽子を脱ぐ場面だ。市原は、髪が薄くなった姿も含め、自身の老いをそのまま役の中でさらけ出していた。

「その帽子のシーンはすごくこだわってやっていらっしゃいました。何回も何回も、やっていましたね」

「生きること自体が演技だった」樹木が遺した言葉

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話

 樹木との交流は、河瀨監督自身の生き方にも影響を与えた。初めて仕事をしたのは、2011年公開の映画「朱花(はねづ)の月」。樹木は東京から1人で電車を乗り継ぎ、撮影地の奈良までやって来た。大女優という肩書を感じさせない、ごく普通の人に見えたという。しかし今振り返ると、そんな姿も含めて樹木なりの演技だったのではないかと感じているという。

「希林さんは、生きること自体が演技だったんやなって思うんです。別居しながらも離婚せず、ワイドショーでも何でも、自分の言葉で向き合ってきた。それって、すごいリスクだと思うんです。下手なことを言ったら全部なくなってしまうかもしれない時代に。そんな中で、すべてを引き受けて生きてきたのは、相当なことだと思います」

 樹木はかつて、奈良を拠点にしている河瀨監督に「あなたは東京に来ない方がいい」と助言したことがあった。

「あなたのように裏表がないと、すぐ潰されるよ、という意味だったと思います。希林さんは裏と表を使い分けながら生きてきた。自分はそうやって生きているよ、ということだったのかなって」

 また、樹木は河瀨監督に対し、服装や普段の立ち居振る舞いについても指摘していた。

「『監督なんだから、そんな高いヒールなんて履かないのよ』とか、忙しくて周りの人にいろいろやってもらっていると、『靴は自分で履きなさい』とか。そういうことも厳しく言われました。どこで誰が見ているか分からないし、あなたは女優じゃなくて監督なんだから、ということだったんだと思います」

 時に厳しく、自分を気遣ってくれた樹木。現在も奈良を拠点に活動する河瀨監督は、「だから奈良にいます、私は」と、樹木の言葉を今も大切にしている。

 役作りへの徹底したこだわりと、人生への向き合い方。河瀨監督が語るエピソードからは、樹木と市原の俳優としての信念や、撮影現場で見せた素顔が浮かび上がってくる。

河瀨直美監督が明かす樹木希林と市原悦子の素顔 名優2人の徹底した役作りと撮影秘話

【番組情報】
「ザ・偉人伝 樹木希林・市原悦子 媚びない、飾らない。名優が遺したメッセージ」
BS朝日
11月7日
午後9:00~10:54

取材・文/秋山樹

キーワード

U-NEXT

この記事をシェアする

U-NEXT

Copyright © TV Guide. All rights reserved.