宇野昌磨が北京五輪フィギュア団体の銀メダルを手に「自分を誇らしく思います」2024/09/12
今年5月にプロスケーターに転向した宇野昌磨さんが、9月10日都内で、現役時代に獲得した第24回五輪冬季競技大会(22年/北京)フィギュアスケート(団体)の銀メダルを受け取りました。
北京五輪のフィギュアスケート団体は、当初ROC(ロシア・オリンピック委員会)が1位となりましたが、その後、同チームのカミラ・ワリエワがドーピング違反で資格停止処分となり、2位のアメリカが金メダル、3位の日本が銀メダルへ繰り上がり。今年8月7日、夏季五輪が開催されているパリであらためてメダル授与式が行われましたが、宇野さんはスケジュールの都合がつかず欠席となっていました。
日本オリンピック委員会(JOC)の三屋裕子副会長から銀メダルを受け取った宇野さんは「まずはこのような場を設けていただき、本当にありがとうございます。パリ五輪でもメダル授与という場を設けていただいたのにもかかわらず、どうしてもスケジュールが合わないということで欠席させていただきました。その中でもまたこうしてこの場を設けていただいたことをすごくうれしく思います」と感謝。そして「すごく月日は経ってしまいましたが、五輪という貴重な舞台での結果を皆さんが大切にしてくださって、このようなお披露目の場を設けていただいたことをフィギュアスケート日本代表の一員としてすごくうれしく思います。みんなが一丸となって得た銀メダルだと思いますし、(パリ五輪での)メダル授与の光景も見ましたが、選手一人一人がすごく喜んでいて。そして僕が欠席したにもかかわらず、僕の意思を継いで、表舞台に立ってくださったことをうれしく思っていました。今日は本当にありがとうございました」とメダルと仲間への思いを語りました。
授与式後に行われた囲み取材の模様を紹介します。
――2年7カ月越しに銀メダルを手にした今のお気持ちをあらためてお願いします。
「やはり熱が冷めきる前、現地でもらえるにこしたことはなかったとは思います。ただこれだけたくさんの方に囲まれて、あのような場を設けていただいたこと、しかも1回目(パリ五輪会場)だけでなく2回目も。1回目は欠席せざるを得ない状況でしたので、すごくうれしく思います」
――シングルではなく団体でのメダル。どんな思いがありますか?
「パリ五輪でいろいろな団体戦を見て、すごくいいなと思いました。この銀メダルというものは(チームが)一丸となって取ったものです。フィギュアスケートもシングルだけではなく団体も、選手も、見る側ももっと熱くなれる競技になるといいなと思っています」
――フィギュアスケートでの五輪メダルの最多獲得者となりました。
「記録としてすごくありがたいことではありますが、今後、僕より後輩の…特に鍵山優真くんは次の五輪のメダルも期待されていますし。メダルの個数が多いというのは喜ばしいことではありますが、僕のこの銀メダルというものには自分にしかないストーリー、重みがあると思います。メダルを取れた人も、取れなかった人も、五輪という4年に一度しかない舞台にいろいろなストーリー、道があるものだと思っています。僕は僕として、素直にうれしいです」
――現役を引退してからのメダル授与となりましたが、何か思うことはありましたか?
「パリ五輪を見て『自分もあの舞台に立っていた存在なんだな』というのをこのメダルをいただいて感じます。現役を退いて間もない身ではありますが、TV(五輪中継)で見た“かっこいい皆さん”に自分も過去になれていたことを誇らしく思いますし、一歩下がって、自分の成績やスケート人生を振り返ると本当に誇らしく思います」
――フィギュアスケート団体競技について思うことがあれば教えてください。
「自分が競技者として出ていたからこそ言えますけど、どうしても個人(戦)が気がかりになりながら団体戦に出る方が多かったと思います。でも今回は、全員が素晴らしい演技をした上での銀メダルだったので。次の日に個人のショートプログラムがあるなど大変な日程の中でもみんなすごいパフォーマンスをしてくださって、団体にかける思いというのは一番強かったと思います。これからフィギュアスケート団体というものにもっとフォーカスが当たるといいなと思います」
――これから五輪のプレシーズンとなる新シーズンが本格的に始まります。先輩として後輩たちへメッセージをお願いします。
「勝負の世界なのでみんながハッピーになることはないと思いますが、フィギュアスケート男子は本当にし烈な五輪出場争いになると思います。見る側としては面白いですが…。五輪というのはすごく大事な舞台ではありますが、おのおもが自分なりの目指す場所を見つけて、それを達成する、大きなことを考え過ぎず目の前のことを、と。先輩としては頑張ってほしいな思います」
――今後の目標、意気込みをお願いします。
「この数カ月でもいろいろな経験をしました。自分が今後何をしていきたいかが定まったわけではないですが、いろいろなことを得て、自分なりの道を探していきたいなと今は考えています。競技をやっていた時は競技が一番大事で、自分の価値を見いだす場だと思っていましたが、『目線を変えれば、こんなにも世界は広いんだ』ということを痛感しているところです。自分の道を自分の手で選んでいきたいなと思っています」
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