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「今をつかみたい」読売テレビを辞めた本当の理由「西田二郎+(プラス)」2026/04/17 17:00

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「今をつかみたい」読売テレビを辞めた本当の理由「西田二郎+(プラス)」

 「ダウンタウンDX」(日本テレビ系)を20年にわたってけん引し、今は「DOWNTOWN+(プラス)」で「謎の男」として暗躍する“伝説のテレビマン”西田二郎。テレビの枠を飛び越え、長年苦楽を共にした出演者の素顔や番組の裏側、独自の視点でエンタメの最前線を赤裸々につづる不定期連載「西田二郎+(プラス)」! 今回は「読売テレビ退職の真相」を語る。

 どうも、西田二郎です。最近は『DOWNTOWN+』の生配信などで、画面のすみっこでガヤガヤ言っている「謎の男」として認識されているかもしれませんが、もともとは読売テレビっていう大阪のテレビ局で「ダウンタウンDX」などのプロデューサーをやっていました。

 今回、TVガイドWebさんで連載をやらせてもらうことになって、まずは僕の自己紹介も兼ねて、これまでの経歴と「なんでお前、長年おったテレビ局辞めたん?」ってところから話そうかなと。

 僕は読売テレビに入社してから、本当にいろいろな番組を作らせてもらいました。深夜番組のディレクターから始まって、なんやかんやで「ダウンタウンDX」っていう看板番組の演出をやらせてもらうようになって。テレビの世界って意外と保守的なところがあるんですけど、僕は「大阪のテレビ局にもいろんな形で頑張ってる裏方がおるんやぞ」っていうのを示したくて、ディレクターの枠を飛び越えた活動もバンバンやってたんです。週刊TVガイドさんでも過去に8年くらい連載させてもらってましたし、ラジオやったりコラム書いたり、音楽活動なんかもやったりして。本当に自由に、好き勝手やらせてもらってたテレビマン人生やったと思います。

 そんな僕が、なんで読売テレビを辞めることにしたんか。

 まあ、いろいろ理由はありますよ。メディア業界特有の空気っていうか、そろそろ定年も見えてきて、若い世代に道を譲らなあかんなってのも当然あった。でも、自分の中で一番大きかったのは「心の居心地の悪さ」やったんです。

 なんやろう、特権的にというか、年齢を重ねていったら会社の中で功労者扱いされるようになってきてね。極端な話、一般的な会社の話ですが、何もしなくてもある程度のお金をもらえるような構造ができあがってしまってるでしょ。僕は会社員時代から自由にやらせてもらってた方やと思うし、ありがたい環境ではあったんやけど、それでも「これ、もらいすぎやな」って感じてしまう自分がいて。このまま会社に頼り切ってたらあかんのちゃうか、自分の中の功労者としての遺産はもう尽きたな、って勝手に見積もったんです。

 それで、ええ年こいて、わけの分からないプールに自分から飛び込んだわけですわ。

 退職することに決めた時、ダウンタウンのお二人にもメッセージか何かで報告したと思いますが、なんでかその辺りよく分からなくなって。多分2人とも「そうか」っていう感じくらいやったんちゃうかなあ。周りの人たちもダウンタウンも、「ええっ!?」って驚かれるよりも「そりゃそうやろな」って反応が多かった気がします。僕が会社員時代からいろいろ社外活動をやっていたんで、みんな「西田はそういうやつや」って思ってくれてたんかもしれないですね。

 でね、僕が安定を手放してまで辞めた一番の理由はこれなんです。かっこよく言うと「過去に生きたくない、今を生きたい」。

 今って、人生100年時代とか言われてるじゃないですか。やのに、60歳を超えたら「今」がないみたいな世の中の空気、おかしくないですか? 社会的に「過去の人間」扱いされる。僕はそれがどうしても嫌やったんです。

 年齢に関係なく、常に「今」をつかんでおきたい。過去の栄光にしがみつくおっさんにはなりたくない。だから僕は、テレビ局っていう枠から飛び出して、前に進むことを選んだんです。この連載では、そんな僕が今どんな「プール」で泳いでるのか、どんなもがき方をしてるのか、ぼちぼち本音で話していけたらと思ってます。

【プロフィール】
西田二郎(にしだ じろう)
1965年生まれ。1989年に読売テレビ入社。「11PM」のディレクターを経て、「ダウンタウンDX」のプロデューサーに。2015年に営業局へ異動し、新規事業などを担当。現在は静岡放送(SBS)のCCIO(チーフコンテンツイノベーションオフィサー)を務めるほか、一般社団法人未来のテレビを考える会の代表理事なども務める。

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