気まぐれドキュメンタリー散歩

コラム

東海テレビドキュメンタリー劇場 第11弾「眠る村」、阿武野勝彦プロデューサー&齊藤潤一監督、公開直前インタビュー【後編】「阿武野組の軌跡」

 2017年日本民間放送連盟賞 特別表彰部門で、名張毒ぶどう酒事件の40年にわたる東海テレビの報道活動が「放送と公共性」最優秀を受賞。昨年暮れには、本稿でも紹介したように「東海テレビドキュメンタリー劇場」の活動全般に対し第33回菊池寛賞が贈られました。贈賞式で内田優社長は「私たちのドキュメンタリーの出発点は名張毒ぶどう酒事件でした」とスピーチ。会場には、この事件の作品で歩みを共にした仲代達矢さんほか30名を超すスタッフ関係者がかけつけ、ドキュメンタリー作りが育んだ強い絆を実感しました。後編では、東海テレビドキュメンタリー劇場が躍進する背景をひも解きます。

──阿武野プロデューサーは名張事件と初めはどのように向き合っていたのでしょうか。

阿武野 「門脇(康郎ディレクター)が取材をしていたことは知っていました。この当時のテレビと裁判所の関係は、裁判所を批判するとか、裁判所が下した判決を批判的に検証するようなテレビ局の活動というのは無かったと思います。だからこそ10何年も門脇が動き出すまでに時間がかかったんだと思います。1987年に『証言~調査報道・名張毒ぶどう酒事件』というドキュメンタリーが、門脇が地道に取材をしてきたことの集大成として放送されましたが、この時も局内ではこれを放送するべきではないとも言われたはずなんです。つまりこれは偽証を扱うもので、偽証罪っていうものがあるのに、この事件には、意図的な証言の変転があるという内容。裁判所を批判しつつ、なおかつ捜査も批判し、村人をも批判するという構図の中で、恐れおののきながら東海テレビは放送したはずです。で、この後、この『証言』という番組は何の賞にも輝かなかった。いろいろな絡みの中でこの作品は正当な評価を得られなかったということがあって、その後も継続取材するべきだということにはならなかった。ですから、番組の空白期間ができてしまう。この後も門脇は活動を続けていましたが、そこで、再審開始決定(2005年4月)という形になり、突然、私たちも沸騰するわけです。『これはやれ』と。でも、きちんと長く追ってくれる、持続力のある人でないと追いきれない。そして、門脇からバトンをきちんと引き継げる人間。で、(隣を見て)名張も守備範囲にしていた三重支局に一度出ている、いわば土地勘もそれなりに培い、警察の記者クラブも経験し、愛知県警のキャップもやって、三重県警と愛知県警両方をやって、裁判所も担当していて、現場もきちんと踏める人間。ちゃんと人の話を聞けて、門脇からの膨大な資料も嫌がらずにもらってくれる(笑)。再審開始決定とはいえこの後いつまで続くか分からないわけですから。(再び隣を見て、笑み)ああ、この人だ。営業で10年近く苦労して(報道部に)やってきてくれた、齊藤潤一さんしかいないな、『これやってくれるか』と半ば強制的に・・・」

齊藤 (苦笑)

阿武野 「でも、今まで恐らく『これやりなさい』って言って頼んだのは一つもない。これ以外ない、はず・・・」

齊藤 「え、そうなんですか?」

阿武野 「うそついたかもしれない(笑)。歴史的事件や事柄はやろう、あるいはやれと言いました。でも、戸塚ヨットスクール(「平成ジレンマ」)は僕が言ったわけじゃない。強く促してお願いしたのはこれが数少ない一つ」

──そういうことなんですね。齊藤監督は門脇さんから何か授かったことなどはありますか?

齊藤 「アドバイスなどは直接記憶していないんですけど、資料をいっぱい持っていましたし、一緒に現場に行って、妹の美代子さんを紹介してもらったり、弁護団もそうですよね、鈴木泉弁護団長を紹介してもらったり、人脈と資料を紹介してもらいました。退職されるギリギリのタイミングでした」

阿武野 「門脇さんもね、こいつはだめだという人間だったら、何も教えなかったと思いますよ」

齊藤 「いや、そうかな?(笑)」

──阿武野プロデューサーは門脇さんをご存知だったのですか?

阿武野 「古い話ですが1989年に放送した『ガウディへの旅 世紀を越えた建築家』のスペインでのロケで、門脇さんがセカンドカメラマンだったので40日ぐらい一緒でした。門脇さんはもともとスタジオカメラマンだったので、名張に取材に行くことについては、局内で変人扱いでしたね。当時、スタジオのスタッフの間では、『何をしに行っているんだ、休みの日だから勝手だけど、報道の記者になったようなつもりでやっているのかね』と、なかなか理解が得られませんでした。87年に『証言』をやった後もそう言われていましたね。でも、それを突っ切って頑張ったから、すごい人です。テレビマンはおしなべて『誰もがジャーナリストたれ』という考え方を持っている人。営業だろうが総務であろうがテレビ局員はどの部署にいたってみんなジャーナリストであるべきだ、と明確に考えている人がいたんですよ。びっくりでしたね」

──門脇さんの姿が、阿武野さんのその後に影響を与えたということでしょうか。

阿武野 「そうですね、営業(98年から4年間在籍)にいる時の方がむしろジャーナリスティックな物の見方で仕事に関わらないといけないんだと思っていました。そういう組織の方が恐らく強いはずだと」

──昨年暮れの菊池寛賞の贈賞式の後、壇上で30人以上のスタッフ関係者で記念撮影をされている様子を見て、これが東海テレビドキュメンタリー劇場スタッフの結束力、チームワークだと感じました。

齊藤 「一つはやっぱり“阿武野組”なんですよね。阿武野がどんどんドキュメンタリーを切り開いていった。映画館でもやるというのは作り手にとっても、カメラマンにとっても編集マンにとってもすごくモチベーションになる。映画になっていないドキュメンタリーもたくさんあるので、阿武野組は実際もっとたくさんいます。もちろん、映画化になったことが一つのけん引力になったことは確かですが、阿武野が引っ張ってくれたからこそのチームになっているとは思いますね。隣にいてなんですが(笑)」

阿武野 「恥ずかしくなってきた…(笑)」

──とのことですが…。

阿武野 「それはね、地方局のドキュメンタリーって大概一人で終わってしまうんですね、一人素晴らしい制作者が出て、数年その人が頑張ってバタバタと終わってしまう。でも、やっぱりチームワークをきちんとすれば続けていけるのではと思っていたので、最初に名張毒ぶどう酒事件を齊藤潤一にやってもらったことの…、(隣を見て)ちょっと恥ずかしがれよ(笑)」

齊藤 (笑)

阿武野 「そこの妙ですよね。背骨を担う人間がきちんとしていなかったら、身体はぐちゃぐちゃになっちゃうんで」

──齊藤監督が指名された意味は大きいですね。

阿武野 「(齊藤監督が)1年に2本ずつぐらいドキュメンタリーを連作している時期があるんですよね。それがことごとく今まで見たことのないようなドキュメンタリーで。『裁判長のお弁当』『光と影』『罪と罰』『検事のふろしき』など、この辺りはもう神がかっていましたね。そこにだんだん別のディレクターが加わってきて、昔を振り返る四日市(公害)、徳山ダム、長良川河口堰などをくみ上げていくスタッフがまた出てきたり、新たに『人生フルーツ』の伏原(健之)や『ヤクザと憲法』の圡方(宏史)が出てきたりする。それは、カメラマンと編集マンと、いわば齊藤作品に関わっていきながら育っていった。そこがラグビーで言うと、スクラムのバインディングがすごいんですよ。真ん中の人が少し弱くても、強じんなスクラムを組める状態にすることができる。そして、新たなカメラマンになったり編集マンになったり、そういうチームを回していくことができたことが一人二人で終わらなかった理由なんじゃないですかね。作品が人を育てたし、人が作品を上手に作っていった」

──阿武野プロデューサーはかつて雑誌に、ドキュメンタリーの認知のために、自分の時代で実を結ばなくとも、次世代そのまた次世代でテレビ局という組織の力を最大限に使えないかと映画化に活路を求めた、と書いていました。目指そうしていたところに近づいてきたということでしょうか。

阿武野 「いやぁ、思ったよりも早過ぎるぐらいですね。うそでしょと思うくらい。なんか夢を見ているみたいに展開している。BSで放送したいな、と思ったらBSから声が掛かる。地方局が映画に参入するぞと思ったら、もう来てしまう。どんどん沸騰してしまうという感じはちょっと驚きですね。で、あろうことか、いろいろ賞までもらっちゃって、出来過ぎという感じです。だけど振り返ってみれば、ドキュメンタリーは市民権を得ているのか? まだまだですね。どういう状況が来たら、ドキュメンタリーをゴールデンタイムでみんなで見られるようなところまでいくんだろうっていうのは、課題として残っているんじゃないかな」

「そう思わない?」と、隣の齊藤監督に同意を求めた阿武野プロデューサー。さらに高みを目指し、その挑戦は続いています。昨年暮れのクリスマスの晩には、このお二人のコンビで、地元で起こった名古屋闇サイト殺人事件を題材にしたドキュメンタリードラマ「Home」をローカル放送ながらゴールデンタイムに投入しました。思い描いたドキュメンタリーの夢の実現は確実に近づいています。


<東海テレビドキュメンタリー劇場 作品一覧>

2011年2月5日 「平成ジレンマ」(第1弾)
         監督/齊藤潤一 P/阿武野勝彦
2011年6月18日 「青空どろぼう」(第2弾)
         監督/阿武野勝彦・鈴木祐司 P/阿武野勝彦
2012年6月30日 「死刑弁護人」(第3弾)
         監督/齊藤潤一 P/阿武野勝彦
2012年11月10日 「長良川ド根性」(第4弾)
         監督/片本武志 P/阿武野勝彦
2013年2月16日 「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」(第5弾)
         監督/齊藤潤一 P/阿武野勝彦
2014年2月15日 「ホームレス理事長」(第6弾)
         監督/圡方宏史 P/阿武野勝彦
2014年4月26日 「神宮希林 わたしの神様」(第7弾)
         監督/伏原健之 P/阿武野勝彦
2016年1月2日 「ヤクザと憲法」(第8弾)
         監督/圡方宏史 P/阿武野勝彦
2016年1月16日 「ふたりの死刑囚」(第9弾)
         監督/鎌田麗香 P/齊藤潤一
2017年1月2日 「人生フルーツ」(第10弾)
         監督/圡方宏史 P/阿武野勝彦
2019年2月2日 「眠る村」(第11弾)
         監督/齊藤潤一・鎌田麗香 P/阿武野勝彦

 なお、「眠る村」公開に合わせ日本映画専門チャンネル(BS255)で2月、3月にかけて「東海テレビドキュメンタリー傑作選」として特集放送。上記の劇場公開10作品ほか地上波のみで放送された10作品がラインアップされています(下記参照)。

<→前編はこちら>

【プロフィール】
阿武野勝彦(あぶの・かつひこ)
1959年生まれ。静岡県出身。81年東海テレビにアナウンサーとして入社。ドキュメンタリー制作に転じ、「村と戦争」(95年)、「約束~日本一のダムが奪うもの~」(07年)などでディレクターを。「ヤクザと憲法」「人生フルーツ」などプロデュース作品は東海テレビドキュメンタリー劇場作品ほか多岐にわたる。日本記者クラブ賞(09年)、芸術選奨文部科学大臣賞(12年)、放送文化基金賞(16年)など個人賞も数々受賞。
齊藤潤一(さいとう・じゅんいち)
1967年生まれ。愛知県出身。1992年東海テレビ入社。営業部を経て報道部記者。ニュース編集長、報道部長を歴任。「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」(06年)をはじめ、司法シリーズ作品で数々の賞に輝く。東海テレビドキュメンタリー劇場は第1弾「平成ジレンマ」(11年)から「眠る村」まで5作で監督・プロデュースを担当。昨年暮れに放送したドキュメンタリードラマ「Home」では監督・脚本を担当した。
映画「眠る村」
■2018年 制作/東海テレビ
ナレーター/仲代達矢  監督/齊藤潤一 鎌田麗香 プロデューサー/阿武野勝彦 監修/門脇康郎
*三重県と奈良県にまたがる葛尾(くずお)の村は、57年前、女性5人が死亡した名張毒ぶどう酒事件が起きた現場。逮捕された奥西勝が自白すると、村人の証言は二転三転した。無罪を訴えた奥西はついに無念の獄死。警察や検察が作り上げた事実で村を守る村人たち。かたくなに再審を拒む司法。半世紀以上を経て、あらためて事件の闇を見つめる。

2月2日(土)より、東京・ポレポレ東中野ほか、全国順次公開

*東京・ ポレポレ東中野では2/2(土)12:30の回上映後、齊藤潤一監督・阿武野勝彦プロデューサーによる初日舞台挨拶、愛知・名古屋シネマテークでは、2/9(土)10:50の回上映後、齊藤潤一監督・鎌田麗香監督による初日舞台挨拶が予定されています。

http://www.nemuru-mura.com/
「2-3月集中特集 東海テレビドキュメンタリー傑作選」
日本映画専門チャンネル(BS255)

◇2月11日(月)
午後 9:00~「ヤクザと憲法」
午後10:55~「重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~」
午後11:50~「黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~」
深夜 0:45~「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」
深夜 2:55~「ふたりの死刑囚」
◇2月12日(火)
午後 9:00~「平成ジレンマ」
午後10:55~「死刑弁護人」
深夜0:40~「家族のキモチ」
深夜 1:55~「熱中コマ大戦~全国町工場奮闘記~」
深夜2:55~「熱中コマ大戦」
深夜3:55~「長良川ド根性」
*2月19日以降も適宜放送あり。

放送スケジュールなど詳細はHPでご確認ください。
https://www.nihon-eiga.com/osusume/tokaidoc/
キーワード
Y・I
株式会社東京ニュース通信社 コンテンツ事業局担当
1988年入社。30代から放送局担当記者に転身、後にTVガイド編集部。同副編集長、デジタルTVガイド編集長ほか番組表・解説記事制作の部門長、西日本メディアセンター編集部長などを歴任。全国各地で放送されている質の高いドキュメンタリー番組と、精魂こめて地道に番組作りに勤しむ制作者の姿に注目してきた。人生の糧となるドキュメンタリーの名作・力作の存在を、より多くの視聴者に知らせるべく、日々ネタ探しの歩みを続ける。

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